心のオアシス
心のオアシス 2015年9月20日
先日読んだ本の文章を引用します。
感謝する心は、私たちの体の免疫体系を強くする。それで、感謝を別名「感謝薬」とも呼ぶ。一分間笑うと、24時間分の免疫力が生じ(牧師のメッセージ最初のジョークは3時間分位の免疫力?)、1分間怒ると、6時間分の免疫力が減るそうだ。また、感謝の言葉を言うと、実際に心臓の拍動が規則的になり、波長が均衡になるため、心臓にも良いという。また、免疫機能を向上させ、神経系機能を円滑にし、ホルモンの均衡をもたらすそうである。ある末期がん患者は、「感謝薬」のおかげで死の淵から逃れることができた。この人は末期胃がんと宣告された後、手術を受けたが、体の状態がさらに悪くなり、回復の可能性が全くなかった。医師は彼に、数日しかもたないだろうから心の準備をするようにと言った。しかし彼は不平を言わず、感謝の心でありのままの状態を受け入れ、常に「すべてに感謝します。助かっても死んでも感謝します。無条件に感謝します」と叫んだ。すると、奇跡のようなことが起きた。彼は、医師が言った数日を無事に乗り切ったのはもちろんのこと、7年過ぎた今でも健康に生きている。胃がんから解放されたのである。
免疫力が落ちると病気になりやすくなることは医学的にも証明されていますが、私は免疫力低下を防ぐためにお祈りと、新約と旧約(新薬?)とヨーグルト等の乳酸菌を毎日摂取して腸内環境を整える努力をしています。お陰様でこの5年間、風邪やインフルエンザなどから守られています。もう一つ言うなら、自分の代役はいないという緊張感が体を強めているように感じます。
先日、長老さんが、「近所の教会へ行っていた時より、車で1時間かかる遠い関西カルバリーに来るようになって休むことがなくなりました。」とおっしゃっていました。長老さんの元気の秘訣は、お祈りと聖書通読(今年すでに2回目挑戦中)と堺の人たちを教会へ連れて行かなければならないという使命感でしょう。感謝感謝ハレルヤ!で進みたいですね。
心のオアシス 2015年9月13日
韓国に、ソン・ミョンヒという詩人がいる。彼女は生まれた時から脳性麻痺のために体が曲がり、一言話すのにもひどい苦痛を伴う一級障害者である。そんな彼女がイエス様に出会い、数え切れないほどの詩を書いた。その中の一つに、「私」という詩がある。
私、持っている財産ないけれど
私、人の持っている知識ないけれど
私、人の持っている健康ないけれど
私、人にないものがあり、人の見ないことを見
私、人の聞かない声を聞いて、
私、人の受けない愛を受けて、
私、人の知らないことを悟ったね。
義の神様は、人の持っているものを
私に下さらなかったけれど、
義の神様は、人の持っていないものを
私に与えられたね。
静かに吟味してほしい。何を感謝しているのだろうか。何に感激しているのだろうか。脳性麻痺のため、他人が持っているものの90%を持っていない人である。しかし、イエス様に出会って、イエス様が彼女の心を満たしてくださったのだ。すると何に感謝しているのか。他人が持っていないものが自分にはあり、自分が持っているものが他人にはないことを見て、かえって、「神様。私は世の人が所有し、楽しんでいるものがなくても、イエス様一人の愛を受け、あなたを目で見、あなたの声を聞くだけでも幸せです。感謝します」と言っているのではないだろうか。
(「一生感謝365日」ジョン・クゥアン著より引用)
「わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである。」(第二コリント4章18節)
心のオアシス 2015年9月6日
祈っていると、かえって最悪の状況になることがある。でも、それは、一番必要な祈りに神様が答えて下さっている答えであるかもしれない。
私が最もうつ病で苦しんでいた時は、最初の会社で三年ほど働いた時のことだった。未信者だった私のために、クリスチャンの友が祈っていた。きっと、「うつ病が癒されるように」と祈ってくれていたと思う。でも、それ以上に「救われますように」という祈りが捧げられていたと思う。うつ病が癒されるというのは、この世の一時的なことだけれど、救いは永遠のこと。きっと、祈ってくれている人たちは、私の救いのために祈るのに、なぜ、こんなに彼女は苦しんでいるのだろうと思ったかもしれない。でも、これが、神様の答えだ。私は、うつ病で苦しまなければ、神様を信じることができなかった。全てが失われた。私の人生は真っ暗だと思った。けれど、そこまで砕かれなければ、私という人間は、神様に降参できなかった。私のやり方、生き方では、無理だということを知らなければ神様に頼ることができなかった。 神様は、私のための祈りに答えれば、答えるほど、私の状況は悪くなった。それは、神様が私に最も必要な祈りに応えるためだった。
結果、私は今、最高に幸せだ。平安な日々を得ただけでなく、永遠の命をも得た。調子の悪くなることもある。苦難にもあう。でも、今は、神様に祈ることができる。神様にすがることができる。地震がおこるかもしれない。経済破綻がおこるかもしれない。病気になるかもしれない。人は死んでしまうかもしれない。でも、私の頼るお方は、真実で永遠である。こんな幸せなことはない。祈りが聞かれるというのは、けっして、私の願い通りになるということではない。神様が、私に最も良いことをしてくださるということ。 (ある青年からのメールより)
私たちは私たちの都合で物事が進むことを願いますが、神さまの側にも都合があるということを知らなければなりません。そして神さまの都合は、私たちにとっての最善であり、良い道を開くためなのです。
心のオアシス 2015年8月30日
「『ありがとう』の反対語を知ってますか?」という文をシェアします。
ありがとうの反対語など今まで考えたこともなかった。教えてもらった答えは「あたりまえ」。「ありがとう」は漢字で書くと「有難う」「有難(ありがた)し」という意味だ。あることがむずかしい、まれである。めったにない事にめぐりあう。すなわち、奇跡ということだ。奇跡の反対は、「当然」とか「当たり前」。我々は、毎日起こる出来事を、当たり前だと思って過ごしている。歩けるのが、あたりまえ。目が見え、耳が聞こえるのが、あたりまえ。手足が動くのが、あたりまえ。毎朝目覚めるのが、あたりまえ。食事ができるのが、あたりまえ。息ができるのが、あたりまえ。友達といつも会えるのが、あたりまえ。太陽が毎朝昇るのが、あたりまえ。うまれてきたのが、あたりまえ。夫(妻)が毎日帰ってくるのが、あたりまえ。そして…生きているのが、あたりまえ。
また、ある夫婦の話もしてくれた。晩酌の時、いつも無口の夫が、「ちょっと、お酌してくれないか?」と珍しく妻に言った。台所の片付けをしていた妻は、「今、忙しいから自分でやって」と答えた。夫は少し寂しそうだったが、手酌で酒をついだ。その、2~3時間後、夫は急に倒れ、救急車で病院に運ばれ、帰らぬ人となってしまった。それから、妻は、何故あの時、夫にお酌をしてあげなかったのかと、ずっと悔やんだという。あの時何故、もっと、優しい言葉で、こぼれるような笑顔で、感謝の言葉で、接することができなかったのか…誰しも、今日と同じ日が明日も繰り返されると思う。今日、誰かと出逢い、話し、笑い、食事をして、仕事ができる。こんな当たり前だと思うことが、本当は奇跡の連続なのだ。「有ること難し」生きて、出逢う、という奇跡の連続に、「ありがとう」を言わずにいられない。
深い内容だと思います。神さまが与えてくださっている毎日の奇跡に感謝せずにはいられません。全地は主の栄光で満ちている! アーメン。
心のオアシス 2015年8月23日
私は、今まで沢山の方々によって支えられてきました。アメリカ留学をした時の行き先は、テネシー州とジョージア州の州境のド田舎でした。高校を卒業したばかりで、右も左もわからない私がアメリカの大学で生き抜くことは大変なことでした。会話力も乏しければ、深い話をすることもできませんから、挨拶程度の友人はできても、真の友人と呼べる人はなかなかできませんでした。思うように、言葉で表現できないジレンマの中で寂しさも覚えました。言葉が通じることが、どれほど有難いことかを思い知りました。日本人もいない片田舎で、寝るか勉強するだけの生活に疲れを覚えました。
ある日の夕食時、ダイニングホールで、同じテーブルに座った2年上のスティーブ・ヤンスという学生と、いつものように社交辞令の挨拶をしました。普段ならそれ以上の会話はなく、ただ食べるだけで、その場を後にしましたが、彼は私に興味を持って、色々な質問をしてきました。私が上手く英語が話せなかったり説明ができないにも関わらず、積極的に話しかけて、一緒に行動するようになりました。やがて、彼は私を「ベスト・フレンド」だと言って、他の人たちに紹介してくれるようになったのです。私は彼にとって、何の益にもなっていないのに、どうして自分のことを「親友」だと言うのだろうか? と驚きと同時に励まされたのを覚えています。彼は今でも親友です。
スティーブは、あの時、私にとってイエス様が違った姿でご自身をあらわされた存在だったと、後で気づかされました。彼自身がイエス様というわけではありませんが、主が遣わしてくださった存在でありました。
私たちは自分の人生を振り返った時に何を見るでしょうか? 辛かったことや、悲しかったことなど、暗かった部分を見て嘆くでしょうか? そのような砂漠のような道を通った時にも、不思議なようにしてオアシスを見つけたことはないでしょうか? もし神さまがご一緒してくださった跡を見ることができるなら幸いです。
「あなたの通られた跡にはあぶらがしたたっています」(詩65篇11節)
心のオアシス 2015年8月16日
歴史上、韓国がこれほど豊かな時代はありませんでした。今も絶対貧困階層はありますが、韓国の経済力はすでに世界レベルです。しかし問題は、満足度指数が落ちてしまったということです。そのため、以前よりも不満の声がさらに増しました。
人間の欲を満たせるものはありません。人間の欲は底なしの壺のようなものです。願っていたことが成就すれば満足できるでしょうか。15坪のアパートから30坪のアパートに引っ越せば宮殿のように感じますが、その満足感はどれほど続くでしょうか。50坪ほどの家に遊びに行って帰って来ると、長患いします。だからと言って、50坪の家に引っ越しをすれば満足できるでしょうか。以前80坪を超える家を訪問したとき、その家の主人は「子どものカバンを置くところがないんです」と言いました。このように欲には終わりがありません。
それにもかかわらず、人類は何かを手に入れると満足できると考えます。人間の満足は手に入れることによって得られるのではありません。それは条件の問題ではなく、心の問題だからです。貪欲は神から離れた、その空白から生じるものです。ですから、あらゆるものをつかんでも、むなしさや飢え渇きが襲ってくるのです。
豊かで満たされた人生を望むなら、まず自分の心に神への飢え渇きがあるかどうか振り返ってください。「主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません」(詩篇23篇1節)と告白できるなら、幸せで祝福された人生です。 (イ・ギュヒョン著「深い満足」より抜粋)
「これを手に入れたら満足することができる・・・」というのは、資本主義社会やハリウッドが作り上げた虚像なのです。豊かさは悪いものではありません。一時的にでも満たされたような錯覚を起こすことができるでしょう。しかし、人生における本質的なものを見失わせてしまうならば、本(元)も子もありません。「神」を求める心があれば、何もなくても満足できる秘密がそこに隠されています。
心のオアシス 2015年8月9日
チョーヨンギ先生の「神の摂理」という著書の中からの抜粋です。
「お母さんの言うとおりですよ。足の代わりに、父なる神が私の身体を支えて下さるので、不便なことはありません。」少年のこの言葉が、どのような状況の中で出てきたのかを知るならば、感動しない人はないでしょう。これは腰から下の下半身がない11歳のアメリカの野球少年、ケイシー・マッカリスター君の言葉です。ケイシーは6歳の時トラックにひかれて腰から下が砕けるという大事故にあいました。一般的にはこのような大事故にあうと、身体はもちろん心まで、そして家族全体が崩壊する場合が多いはずです。しかし、このようなとんでもない大事故でも、彼とその家族の勇気を奪うことはできませんでした。そして誰の心にも傷や恨みがまったく残りませんでした。彼の家族は、パーティーを開くとき、ケイシーをひいたトラックの運転手まで招待し、交わりを持っているそうです。彼は現在学校で野球選手として活躍しています。彼は両手でボールを打って、両手で走ります。そんな身体で野球をすることが困難ではないのかという質問に「他の子たちより遅いことは確かですが、でもその代わり長打を打てば問題ありません。」と答えていました。彼は野球だけでなく、その他の日常生活、例えば掃除や、皿洗いなど家の手伝いも免除されてはいません。それだけでなく、毎朝5時に起き、車椅子で新聞配達のアルバイトをやってお小遣いを稼いでいます。家族や両親は、他の兄弟と変わりなく接しています。このソバカスだらけの赤毛の少年の夢は、将来飛行機のパイロットになることなのです。彼は、両足を失ってからも飛行機を操縦している、あるパイロットと知り合いになって情報を得ています。
このように、ケイシー・マッカリスターとその家族は、このように大きな試練の前にも、決して挫折しませんでした。彼らは挫折の代わりに希望を選び、足の代わりに父なる神を選びました。彼らの肯定的な姿勢と信仰は、更なる不幸から彼らを守る防波堤の役割をはたしました。
「希望は失望に終ることはない。」(ローマ5章5節)
心のオアシス 2015年8月2日
ある韓国の牧師が高校生だった時のお話です。
韓国では、今でも受験は、その人の一生を決めるような一大イベントです。親も教育熱心で、自分の子供たちに対して英才教育をほどこします。この先生の高校生時代も、その学歴社会の中において、大学入試は非常に重要な事柄でした。クリスチャンの親でも、自分の子供が受験生であれば、日曜礼拝に行ったり、教会の学生会の委員になることを嫌がりました。委員を選ぶ日には、学生たちは教会に来なかったそうです。しかし、当時、学生であったその牧師と、友人たちは、神さまの働きを行ないながら熱心に勉強するなら、神が良い結果を与えてくださると信じ、委員になる決心をしました。一年間、熱心に教会に仕えながら勉強しましたが、大学入試の結果、彼らは全員、志願した学科に合格できませんでした。名門大学の経営学科を志望した友人は中国語学科に、英文学科を志望した友人たちは、それぞれロシア語学科とベトナム語学科に行きました。その当時、中国・ロシア・ベトナムは韓国とは全く交流のなかった国で、その国の言葉も必要のない時代でした。彼らは失敗者とみなされました。その学生たちは、そのような結果に頭を垂れるしかありませんでした。しかし、彼らが大学を卒業する頃、驚くべきことが起こりました。ソ連が崩壊し、中国は門戸を開放し、ベトナムとの貿易が始まったのです。文字通り世界が変わったのです。すると、企業は、その国の言葉を話せる人々が必要となり、大企業が彼らを大歓迎したそうです。
私たちは、今の状況を見て、それが失敗かどうかをむやみに判断してはならないでしょう。「今」の時点では、それが本当に失敗なのかはわからないからです。神さまをないがしろにして名門大学に入ることが成功なのでしょうか? 人間的には、失敗とは言えないかもしれませんが、神さまの言葉に従うことこそが、真の成功だと思います。
私たちは「点」でモノを見て判断しますが、神様は「線」の中で私たちを導いてくださっています。私たちは、恵みの線上にいるのです!
心のオアシス 2015年7月26日
輪島東太郎さんは、NHKや色々な日本の番組で取り上げられた奇跡のテノール歌手・ベー・チェチョルさんを支え続けた音楽プロデューサーです。彼はクリスチャンアレルギーでしたが、2013年3月31日に洗礼を受けました。彼のお証しを リビングライフより一部紹介します。
私は神さまから大きな試練を頂きました。この地球上に、当時の私の置かれた状況を解決する道など、一つも見当たりませんでした。具体的な状況は違うものの、べーさんが命ほど大切な声を失って初めて本当の意味で神さまに出会ったのと全く同じ道を、私自身もたどることとなったのです。無意識のうちに命を絶ちそうになるほどの絶望の真っ只中で、私はハ・ヨンジュ先生の書かれた一冊の本を手にします。それはベーさんがラブ・ソナタに参加した時に同行した際に頂いたものでした。しかしそれ以来ずっと本棚で埃をかぶったままになっていたあの本を、なぜ手にしたのか、今も不思議でなりません。乾いた大地に、慈愛の雨が降り注ぐように、聖書の御言葉が私の魂に入ってくるのを感じました。それは生まれて初めて感じる感覚でした。絶対的な愛に包まれるような平安としか表現できないものです。「神さまにおできにならないことはない。私はこれまでべーさんを通してそれを見てきたはずなのに、私の目には見えていなかったんだ・・・」とめどなく流れる涙の中でそう感じた瞬間、私は完全に生まれ変わったのかもしれません。そして奇蹟は起こりました。自分を捨て、全て神さまに委ねた瞬間から、まるで魔法のようにどんどんと道ができ、その状況は解決したのです。思えば、ベーさんの時も同じでした。もしも、あのまま、イエス様と出会えず、神さまの愛を知らずに生きていたら・・・、そう考えると恐くなります。神さまにおできにならないことは何もない! いつも一番近くで、こんな私をこれほど愛して下さっていたのに、それがわからずさまよっていた私を、神さまはベーさんを通して救って下さったのです。多くの人に言われます。「輪島さん、あなたがべーさんを救ったのです」と。でも、本当に救われたのは私のほうなのです。 PTL!
心のオアシス 2015年7月19日
アメリカにある古びた教会で、年に一度の食事会が行なわれました。夕食会の後、司会者に指名された人は、即興で一芸を披露することになっていました。よい頃合になった時、司会者がジェームスを指名しました。「ジェームス、まず先陣切ってお前に頼むよ!」彼は立ち上がり、前に出てシェークスピア調で聖書の詩篇23篇を流暢に暗唱しました。「主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない。主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われる。・・・」朗読が終わった時、拍手喝さいでした。次に司会者は、部屋の隅っこにいたビリーを指名しました。彼はボロボロの麦わら帽子をかぶって、モゴモゴしながら前に出てきました。そして言いました。「俺はこれといった芸はできないけど、今ジェームスが暗唱した詩篇23篇ならできるんだけどなぁ・・・」みんなが、やってほしいと促すと、ビリーは、このように始めました。「昨年は母が死んで、辛い年だったけど、主は俺の羊飼いであって、乏しいことがなかったよ。畑は不作で、子供たちも学校に行けずに働いたけど、主は俺を緑の牧場に伏させて、憩いのみぎわに伴われたな~。色々な問題で悩んで落ち込んでいたけど、主は俺の魂を生き返らせて、正しい道に導いてくださった・・・仕事中に危険な目に何度も遭ったけど、主が俺と共におられるから、恐れることはなかった・・・。結局、子供たちは学校をやめなきゃならなくなったけど、あなたのむちと、つえによって俺はとても慰められたよ。どんな時にも、杯はあふれて満たされたから、俺の生きている限りは、必ず恵みといつくしみとがついてくる確信があるんだよ。俺はいつまでも神様の臨在の中に住みたいなぁ。」ビリーの体験談付き詩篇の朗読が終わった後、人々の目は、涙でいっぱいでした。その時、先ほどのジェームスが立ち上がって言いました。「ビリー! 僕は聖書の詩篇23篇を知ってるけど、あなたはそこに出てくる羊飼いが、どういうお方かということを知っている。そして、それこそが人生で最も大切なことであることが、今わかったよ。ありがとう!」
神さまは日々の力であって、生活の中で体験するべきお方です!