心のオアシス
心のオアシス 2016年6月26日
日本人男性は特に、物事を合理的に考え、頭で理解できないことは、なかなか受け入れることができない傾向にあるようです。ですから、何か良いことが起こっても、悪いことが起こっても、それを「偶然」とか「たまたま」と考えます。進化論という仮説が日本の教育の中では教えられ、「偶然にそうなった」と教え込まれたら、そういう思考になっても仕方がないのかもしれません。日本人は、神の救いをお話すると、まず「神がいることを証明してほしい」と要求してきます。私が「では、神がいないことを証明してくだされば、お話しましょう」と言うと、それはできないと答えられます。古くから神の存在証明は数々試みられてきましたが、客観的な証明は打ち立てられていません。だからといって、それで神が存在しないことになるのではありません。同様に、「神が存在しない」ことを客観的に証明した人もいないからです。神の存在にしろ非存在にしろ、その決定的な証明方法はないのです。それは、世界の科学者・知識人に、神を信じる人もいれば、信じない人もいるからです。
存在しているものがどのようなものかを聖書や体験や創造世界の秩序などからを説明することはできても、「それが存在するかどうか」を証明することはできません。神は存在するかどうかは証明の対象ではなく、信仰の対象だからです。時々、「愛なる神がいるなら、なぜ私はこんな目に遭うのか?」と言う人々がいます。しかし、それは「無条件に人間を甘やかす神」は存在しないことを証明しただけで、「真の愛なる神」の存在を否定する証明ではありません。人間が頭の中で勝手に想定した神が理屈に合わなかったということにすぎないのです。それは人間の理性を越えた神が存在する可能性を否定したわけではないのです。
神の存在も非存在も証明はできないのですが、お得感から言えば、神の存在を信じる方に軍配が上がります。なぜなら、神の存在を信じる人々の人生が変えられ、天国へ行ける確信のもとで生きることができるからです。しかも私たちの罪の代価を代わって十字架で支払ってくださる愛に触れたら、たとえ辛いことがあっても感謝できる毎日になるのです。
心のオアシス 2016年6月19日
歴代のアメリカ大統領の中で、最も偉大で、広く尊敬されている人物であるアブラハム・リンカーンの人生は、このようなものでした。
22歳の時、商売に失敗。その返済に15年を費やしました。
24歳の時、州議員に落選。
25歳の時、州議員に当選。
26歳の時、婚約者の死に直面。それから数週間は、彼の生涯の中で、最も辛い日々でありました。何度も死にたいと口走っていて、自殺さえしかねない状態が続いていたというのです。
27歳の時、婚約者の死に直面したことからのショックなのか、うつ病になりました。
31歳の時、州議員に落選。
33歳の時、メアリーという女性と結婚。しかし、彼女は悪妻の典型であったそうですが、彼はそれに耐えました。
39歳の時、上院議員に落選。
46歳の時、上院議員に落選。
47歳の時、副大統領落選。
49歳の時、上院議員落選。
51歳の時、16代大統領当選。
56歳の時、暗殺されました。
これが、アブラハム・リンカーンの生涯でした。何と、悲しみに満ちた生涯、失敗と挫折の連続の生涯だったのでしょうか・・・彼の書斎の机の上には、いつもその日に読んで開かれたままの聖書が置かれていました。ここに彼が、倒れそうになる時、いつも引き上げて、力を与え、励まし、立ち直らせる力の源があったのであります。
彼は言いました「人は、自分が価値ある者であると感じ、自分を造った偉大な神の子供であると信じている間、その人をみじめにさせることは決してできない」
神の言葉に生きる人は、倒れても打ちのめされることはありません。
心のオアシス 2016年6月12日
1975年にアメリカで行われた、ある集会で、病気の癒しが沢山起こりました。多くの車椅子の人達が立ちあがり、ガンが癒され、目や耳の不自由な人達が癒され、主の御名が崇められました。その場所は、神様の臨在が濃厚でした。ある青年もその会衆の中にいて、神様がなさっておられることに感動していました。そしてその集会が終わって、その会場の出口から沢山の人々が出始めました。その青年も帰ろうとしてドアに近づいた時、母親に押されている車椅子の少女が見えました。ところが、驚いたことに、この少女の頭は異常に大きく、体は異常に小さく、すぐに奇形児だとわかりました。青年は、そのような子供を初めて見て驚き、悲しく思いました。そして神様にこう訴えました。「主よ、何故、この少女を癒されなかったのですか? この子こそ、今癒しを必要としているのです!」そして神さまが、その子を癒されなかったことに憤りを覚えながら、長距離バスに乗り込みました。その2時間後、バスの中で夢を見ました。それは、自分が2時間前に見た、あの会場から出て行く群衆、あの場面でした。ドアの辺りに、車椅子の少女とそれを押している母親がいました。そこには、この親子を見ながら「主よ、何故、この子を癒してくださらなかったのですか?…」と訴えている自分自身の姿もそこにありました。しかしそのシーンを見ていると、イエス様がその少女の後ろに立たれて、その大きな頭を抱きかかえておられました。そして言われたのです「私はこの子を忘れているのではありません。一度も忘れたことはありません」夢から目覚めた青年は震えました。そしてそれが訴えに対する答えだったのです。
「どうして?」と思える現実の中でも、主は忘れておられるのではなく、ご不在になっておられるのでもなく、100%、全ては神さまの手の中にあるということなのです。
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。(Ⅰテサロニケ5章16~18節)
心のオアシス 2016年6月5日
セムナン教会のキム・ドンイク牧師は、ガンにかかって大きな手術を受け、3年余りの闘病生活の後、天国に召された。先生が闘病生活の後、天国に召された。先生が闘病生活をされながら書かれた説教文に、このようなものがある。
「手術の後、危険な状態の中で、朝起きるとまず『神様。今朝も目を開けることができて感謝します』と祈った。この祈りしか出てこなかった。」その通りだ、今この瞬間にも、生きていることはどれほど感謝なことだろう。愛する夫、妻が今日も病に伏したり、死に至ることなく生きていることを神様に感謝しよう。子どもたちがいのちを与えられ、健康に生活していることに感謝をしよう。勉強が少しできなくても、お金をたくさん稼ぐことができなくても、大きな権力を持てなくても、あまり親孝行でなくても、その人が生きているだけでも自分に喜びと幸せを与えてくれることを悟って感謝をしよう。不毛な人生で、霊的に沈滞している人たちの共通点は、彼らの生活に「感謝」という言葉が抜けているということである。
幸せは持っているものに比例するのではなく、感謝に比例する。自分の人生のすべてのことを感謝だと感じられれば、それに比例して幸せも大きくなる。ではどのようなことに感謝することができるだろうか。お金をたくさん稼ぐこと、持っている不動産の値段が何倍にも跳ね上がったこと、商売がうまくいくこと、良い学校に合格したこと、就職したこと、進級したことなどは、すべて感謝する対象になる。しかし聖書は、このような感謝は誰にもできる感謝だと言っている。では、私たちがささげることのできる最高の感謝とは何か。イエス・キリストを送ってくださったことにより、死から永遠のいのちに移されたことよりも尊く、価値のある贈り物が他にあるだろうか。だからこそ私たちは、イエス様の十字架を見上げて感謝しなければならない。これがすべての感謝の基本であり、始まりである。(ジョン・クゥアン著より引用)
全ての人は、神に愛され、神の手の中で生かされています。感謝!
心のオアシス 2016年5月29日
あの日学校からの帰り道、マークの前を歩いていた少年がつまずいた。抱えていた本、セーター、野球バットとグローブ、小型テープレコーダーが、あたりに飛び散った。マークは駆け寄って、落ちたものを拾うのを手伝った。同じ方向に家があるというので、荷物を少し持ってあげ、おしゃべりしながら一緒に帰った。少年の名前はビル。TVゲームと野球が大好きで、歴史以外の科目は苦手だという。ビルの家に着くと、マークはコーラを飲んでいないかと誘われた。二人は、午後の時間をテレビを見たり、笑ったり、おしゃべりして楽しく過ごした。学校でもしばしば顔を合わせるようになり、昼食を共にすることもあった。結局、同じ高校に進学し、そんなつかず離れずのつきあいはずっと続いた。
学校の卒業式を3週間後に控えたある日、ビルがマークの家にやって来て、彼らの最初の出会いを懐かしそうに話しだした。「マーク。あの日、なぜ僕があんなにたくさんのものを持ち歩いていたかわかるかい? 学校のロッカーから中身を全部持って帰ろうとしていたんだよ。僕のものを残したままにしたら、次に使う子が嫌な思いをするだろうと思ってさ・・・。実はあの頃、母さんは睡眠薬を飲んでいてね、僕は少しずつこっそりためていたんだよ。君に初めて会ったあの日、家に着いたらそれを飲んで自殺するつもりだった。でも君に出会って、そのまま一緒におしゃべりしたり、笑ったりしたよね。君が帰った後に、もしあのまま自殺していたら君との楽しい時間も持てなかったし、これから起きるたくさんの素晴らしいことを経験することなく死んでしまうことになると思ったんだ。これでわかっただろう? マーク、君は僕の荷物を拾ったとしか思ってなかっただろうけど、あの日、僕の命も拾ってくれていたんだよ」 (ジョン・W・シュラター)
人のために何かをすることで、誰もが素晴らしい人になれます。大学を出ていなくても、正しい文法で話せなくても、人のために何かをすることができます。ただ、やさしい気持ちがあればいいのです。愛の心があればいいのです。 (マーチン・ルーサー・キング・ジュニア)
心のオアシス 2016年5月22日
戦場でのクリスマスの出来事です。まだ第一次世界大戦が始まったばかりでした。イギリス軍とドイツ軍は、両者共にフランスの平野に何キロも続く溝を掘ってにらみ合っていました。兵士はこの溝から機関銃や迫撃砲を相手に打ち込んでいました。機関銃の発射音が途絶えたときには、敵軍の塹壕から、弾丸を詰める音が聞こえるほどの距離でした。クリスマス・イブの夜もふけ、降り続いたみぞれもこやみになり、気温はぐんぐん下がっていきました。見張りのイギリス兵は、中間危険地帯の向こうから、いつもとは違う音が聞こえるのに気付きました。ドイツ軍の塹壕で、誰かが歌っているのです。それは「きよしこの夜」のメロディーです。彼はそっとメロディを口ずさみ始めます。そして気がつくと、英語で、しかも大声でそれを歌っていました。有刺鉄線の向こう側にいる敵兵とのドイツ語と英語の何とも奇妙な二重唱でした。やがて、ドイツ側でもイギリス側でも、次々と歌声に加わる兵士が増えていきました。砲撃戦の傷跡のすさまじいフランスの平原に、さまざまな声が入り混じって流れました。クリスマスの朝が明けると、それぞれのことばで書かれた「メリー・クリスマス」のサインが、高々と掲げられていました。恐怖にも勝る、ある強い力に引かれて、兵士は一人、また一人と武器を置いて、有刺鉄線の下をくぐり、塹壕の間の危険地域に出て行きました。見る見るうちに数が増え、大勢のイギリス兵とドイツ兵がクリスマスの朝の光の中で顔を合わせたのです。しかし、クリスマスの休戦もここまで、事態を憂慮した高官たちが、兵士達を塹壕に呼び戻したのです。そして発砲が再開されました。両国共に当時の若者の世代の多くが失われました。しかし、生き延びた者の心には、前線で迎えた大戦初めの、あのクリスマスの記憶が残りました。すなわち、クリスマスの日の数時間、彼らにはイギリス国王でも、ドイツ皇帝でもない、仕えるべき別の君主がいたということです。
平和の君と呼ばれる方に堅く立つなら、あらゆる危機の中でも平和を創り出すことができるのです。そのお方の名前は、イエス・キリストです。あなたの人生に豊かな平安がありますように。
心のオアシス 2016年5月15日
仲むつまじく暮らしている家族がいた。この家族は、3坪ほどの狭い部屋に住んでいた。ある晩、家具があちこちに置かれている狭い部屋に、家族4人がやっとからだを重ねながら横になっていた。ところが、縦に並んで寝ると、背の高い父親はまっすぐにからだを伸ばして寝ることができるがひどく狭い。横に寝ると3人はゆったりと眠れるが、父親はえびのように背中を丸めて寝なければならない状態であった。家族は丸くなって座り、皆が楽に寝られる方法を模索した。しばらく悩んだ末、流し台とオーディオの間にある、33センチの空間を発見した。父親がそこに足を伸ばして寝れば、えびのように寝なくても大丈夫であった。父親は足を伸ばして寝ることができる空間があることに感謝した。
今は広い家に引越し、そのようなことで悩む必要はなくなったが、その父親は、小さなことでも簡単に不平を言う自分の姿を省みて、小さなことに感謝しながら幸せに暮らしていたそのころが懐かしいと言う。本当の感謝とは、環境によるのではなく、心がへりくだっている時にささげることができるものなのである。(ジョン・クゥアン著より引用)
私たちはある意味、苦労している時の方が、幸せなのかもしれない。たったの33センチの空間ができただけで、感謝して喜んでいることができるのですから・・・同じように私たちがどん底にいる時には、這い上がるのみなので実は希望があります。小さな光に喜ぶことができます。でも、光が大きくなってくると、それが当たり前になってしまい、光があること自体に感謝をする機会が少なくなってしまいます。そうなると、自分が持っていないことに対する不満ばかりが出てくるようになります。
以前、年配の女性の集まりに参加させていただいた時に、口々に自分の旦那さんと喧嘩した話しをして盛り上がっている最中に、一人の未亡人の方が、心に残りました。「あなたたちには、喧嘩する相手がいていいね~」失ってみて、そのありがたさがわかることが多いでしょう。毎日当たり前だと思っていることに、感謝する心が与えられたらと願います。
心のオアシス 2016年5月8日
以前、B&Bという漫才コンビがいましたが、その一人は島田洋七といいます。島田さんのお父さんは、彼が2歳のとき、広島の原爆のため死去。そのためお母さんは、夜、お店で働き、二人の子どもを育てました。しかし、訳あって、島田さんは小学2年生のときから、佐賀のおばあちゃんに預けられます。このおばあちゃんは、「がばい(すごい)ばあちゃん」でした。彼女は夫に先立たれ、貧乏のどん底暮らしの中、学校の便所掃除の仕事をしながら、7人の子どもを立派に育てたおばあちゃんです。このおばあちゃんは、貧乏ですが、底抜けに明るく、前向きでした。例えば、島田さんが見るも無残な通知表を、おばあちゃんに申し訳なさそうに渡した時の会話・・・「ばあちゃん、1と2ばっかりでごめんね・・・」「大丈夫、大丈夫。足したら5になる!」「えっ?! 通知表って足してもいいの?」「人生は総合力!」そうキッパリ言い切るおばあちゃんだったそうです。
物事を見る視点を変えたら、違う世界が見えてくるものです。私たちの人生にも同じことが言えるかもしれません。現実から、今ある問題を見ると、到底受け止めることができない大きなものに見えても、天地宇宙を創造された神さまの大きさと比べるならば、比べ物にならないほど、その問題が小さく見えてきます。
イエスさまの弟子たちが、5つのパンと2匹の魚を手にして5千人の人々を前にして言いました。「これだけで5千人を養うのは無理です。環境が悪すぎます! もう時間がありません。手遅れです! 私たちには問題が大きすぎます!」とイエスさま訴えました。それが現実における限界であります。しかしイエスさまは何とおっしゃったでしょうか?「5千人に対して、どうにもならないクズ同然のものを私の元に持ってきなさい」 そしてそれがイエスさまの手に入った瞬間から、不思議が起こり5千人全員が食べて余るほどの奇跡がなされました。私たちの弱さや欠点を、イエスさまの元に持って行くのです。山も下から見上げるのと、頂上に登って見下ろすのとでは、随分と景色が違うものです。
心のオアシス 2016年5月1日
巨大な宇宙船は、とても小さなネジ一つのために故障することもあります。小さな一つのネジが決定的な役割をするのです。神さまは、人生を造っていかれるときにも、とても小さなものを大切に用いられます。不必要に見えるものを組み合わせ、人生という作品を完成されます。小さなものを小さなものとみなさない目を持つなら、神さまのみわざを経験することができます。私たちは、小さくてつまらないものは無視して大きなものを狙いますが、神さまは小さくてつまらないものを奇跡の材料とされます。点と点をつなげて線とし、線と線をつなげて偉大な作品を作られます。ほとんどの人が小さなことをつまらないと考えて逃しますが、神さまを信じる人は、小さなことにも最善を尽くします。神さまはこの小さなことを材料とし、私たちの人生を奇跡の人生に変えられます。(イ・ギョヒョン著「人生の風が吹くとき」より)
少年ダビデは、巨人であり軍人であるゴリアテという敵を前にして、どうして後ずさりせず、勇敢であることができたのでしょうか? 彼は羊飼いという、平凡な、誰の目にも止まらない仕事をしていました。しかし、神さまから与えられた使命として、腐ることなく忠実に働いていました。実はその中で、神さまは将来に繋がる訓練を与え、人格を整え、信仰を育てておられたのです。ライオンやクマが羊を襲ってきたとき、彼は逃げることなく、倒すという経験を積むことによって、勇気が与えられました。それは自画自賛ではなく、神が自分を通して働いてくださったという謙遜からくる信仰でありました。故に、ゴリアテを前にして、「お前は剣と槍と投げ槍を持って、わたしに向かってくるが、わたしは万軍の主の名、イスラエルの軍の神の名によって、お前に立ち向かう。主は、剣や槍を用いることしないで、我々を救ってくださるのを見るだろう。これは自分が戦うのではなく、主が戦ってくださるからだ!」と宣言することができました。
あなたの前に立ちはだかる大きな巨人は何でしょうか? 主が共におられるなら心配無用! 神さまから与えられた毎日を大切に。
心のオアシス 2016年4月24日
手足がない体で生きながらも、人々に感動を与えるニック・ブイチチが最近韓国を訪問しました。彼は小さいころ、自分は大学にも行けない、仕事もできない、結婚もできない、妻となる人に出会って一緒に踊ることもできない、子どもを授かることもできないと思っていたそうです。しかし、彼は大学に行き、美しい日系クリスチャン女性と結婚し、愛らしい息子も授かりました。彼はスケートボードに乗り、1分で43個もの単語をタイピングし、ドラムを演奏し、ヨットを操縦し、スカイダイビングにまでも挑戦しています。彼は、多くの国々を回りながら400万人の前で福音を伝え、毎年270回以上講演しています。
彼が最近出した著書『ニック・ブイチチのフライング(飛翔)』の一部です。「自分の願ったものを、いつでも手に入れることができるでしょうか。そんなことはありません。しかし、主が望まれるものは、いつも手に入れることができます。私にも楽しい日もあれば、悲しい日もあります。しかし、限りなく弱くなる時こそ、神さまの力を体験する時であることを私は知っています。この地の重力に勝てないとき、私は焦点を神さまに合わせます。そうすれば奇蹟が起こります。信仰の翼が生えるのです。信仰を行動に移すとき、神さまの力を経験します。」
「もう一度聞くべき最初の福音」イ・ドンウォン著より
どんなに強い人も、うまくやっている人でも、必ず、落ち込み、不安になり、スランプになる時があります。聖書に登場する勇者たちも同じでした。私も長い間、信仰的に砂漠状態になっていた時期があります。教会には行くし信仰がなくなったわけではないのですが、それが形式的、自己満足的に思えてしまい、心の戦いが起こりました。しかし、失わなかった希望がありました。それは「神さまは、この砂漠時代を通して私に何かを教えようとしておられるのだ・・・」という神さまに対する期待でした。そしてこう祈り続けました。「どうぞ、この荒野で何を私に求めておられるか、私に教えてください。」自分の焦点を神さまに合わせ続ける時に必ず神さまは脱出の道を与えてくださることを学びました。