心のオアシス
心のオアシス 2018年7月8日
アブラハム・リンカーンの略歴です。
1816年 リンカーン一家は家の立ち退きを迫られ、家族を養うために働き始める
1818年 母親死去
1831年 共同経営の店が倒産
1832年 イリノイ州議会に立候補し落選し失業
法律学校を受験し失敗
1833年 友人から借金をして新しい商売を始めるが同年中に倒産
17年かかって借金を返済する
1834年 再び州議会に立候補し当選
1835年 婚約するが相手の女性が死亡し、失意のどん底に
1836年 極度の神経衰弱に陥り半年間病床につく
1838年 州議会議長に立候補し落選
1840年 大統領選挙人に立候補し落選
1843年 連邦下院議員に立候補し落選
1846年 再び連邦下院議員に立候補し当選
ワシントンに移り、業績をあげる
1848年 連邦下院議員の再選をめざすが、落選
1849年 国有地管理局長の職を逃す
1854年 連邦上院議員指名投票で落選
1856年 共和党大会で副大統領候補としての指名を狙うが落選
1858年 連邦上院議員指名投票で再度落選
1860年 アメリカ大統領に選出される
「何かやろうと決めたら、途中でやめてはいけない、と誰でも思っている。努力することが、人生において我々に与えられた義務だからである。私はその義務を果たすようにとの神の声を聞いた。」(リンカーン)
彼の執務室の机の上には、いつも開かれた聖書が置いてありました。
心のオアシス 2018年7月1日
先日の礼拝前に、私が教会メンバーのNさんとお話しをした時、神さまが、その方の人生に深く関わっていてくださっていること知り大変感動しました。Nさんは、何年も前にした脳の手術の後遺症で、頭痛や痺れなど長年苦しんできました。そんな中、イエスさまと出会い、今から7年前、私たちの教会で洗礼を受けられました。それでも当時は、「どうして私だけが、こんな苦しみにあわなければならないの? 神さまは不公平・・・」と文句ばかりを言っていたそうです。そして自暴自棄になった時期もありました。しかし最近、こう思えるようになったそうです。「この苦しみがあったからこそ、自分は神さまに出会うことができた。もし痛みがなければ、今も神さまを無視して自分勝手な道を歩んでいたと思います。今胃の調子も悪くて近々検査をしますが、胃がんであったとしても感謝できます。」牧師としては、苦しみを取り、癒されるように毎日お祈りしていますが、癒されるまでの期間を感謝しながら歩むことができる人生は、他者にも感動を与えるのだと学ばされました。他にも闘病しながら同様に感謝しながら力強く歩んでおられる方々がいらっしゃいますが、これこそが神の存在を知る者の特権だと思わされています。
私はすべての病が必ず癒されることを信じて、希望を持って祈り続けている牧師です。その癒しをいただくまでの生き方を神さまは勿論、人々も注目しています。どのように生きるかが大切だと思いました。
フランクリン・ルーズベルト大統領のファーストレディーでアメリカ史上最も尊敬される女性として選ばれたエレノアさんは、「今、あなたが苦しく辛いのは、外的要因ではなく、あなた自身がその状況にあって苦痛と感じることを選択し、それに屈服したからです。」と語っています。辛ければ辛いし、痛ければ痛いですが、同じステージの上に立っていて、神と世を呪って生きるのか、感謝しながら生きるのかで、その人の人生は大きく変わってくるということです。そしてその人の周りへの影響も大きく違ってきます。願わくは感謝の人生でありますように。
「いつも喜び、絶えず祈れ、すべての事に感謝せよ。」(聖書)
心のオアシス 2018年6月24日
昔々、あるところに、歳を取った母と五作という息子が、二人で暮らしていました。ある日、母が「お前のお父が生きておった頃、よくマクワウリを買ってきてくれたもんじゃ。ありゃうまかった」と言いました。五作は、母のそんな話を聞いて、近所の畑からマクワウリを盗んでしまったのです。何も知らない母親は、うまいうまいと言ってマクワウリを食べました。しばらくして、母親が「もう一度だけマクワウリを食べたい」と言うので、五作は再び畑に盗みに入りました。けれど運の悪い事に、畑の主人に見つかってしまったのです。怒った主人は持っていた刀で五作の肩を切り付け、その場に五作を残して去っていきました。次の日、畑の持ち主はすっかり後悔し、ウリの一つや二つ盗んだくらいで、刀で切りつけるなどと、あまりにひどいことをした。そう思いながら、五作の家への道をやってくると、村人たちがお地蔵さんの前に集まっていました。なんとお地蔵さまの肩のところに、刀で深く切られた跡がありました。畑の持ち主は大急ぎで五作の家へ行き、無傷の五作を見て驚きました。彼は五作の手を引っ張って、お地蔵さまのところへ連れていきました。五作はお地蔵様を見て涙を流しました。「ああ、このお地蔵さまが、わしの身代わりになって下さったのか、お地蔵様ゆるしてくだせぇ」そう言ってガックリと膝をつくと、お地蔵さまに謝りました。
やがてこの話は広まって、このお地蔵さまは『身代わり地蔵』と呼ばれて、人々から敬われ、慕われたということです。
これはおとぎ話ですが、聖書には、今から2千年前、実際に『身代わり』になったお方のことを描いています。顔はつばきを吐きかけられ、平手で打たれつづけ、頭にイバラの冠をかぶせられ、手足はクギで打ち付けられ、十字架でさらし者になりました。見るべき姿なく、威厳もなく、私達の慕うべき美しさもなく、顔を覆って忌み嫌われる者のように彼は、侮られたと記録されています。そのお方の名前は、イエス・キリストです。十字架の醜さは私たちの罪の姿であり、私たちの罪の「身代わり」として受けられた姿だったのです。ハレルヤ!主よ感謝します。
心のオアシス 2018年6月17日
私は中学2年生の時に教会通いが始まり、3年生に上がるやいなや受洗しました。聖書を読むようになってから、人生観が変えられ、自分の存在価値を発見することができて、喜びに溢れたのを今でも忘れることができません。こんなに素晴らしい人生が与えられるのであれば、友人たちにどうにかして伝えたいと思っていましたが、口下手な私では的確に伝えることはできず、ただ祈るしかありませんでした。しかし当時の部活(テニス)仲間には、私がクリスチャンになったことは知られていて、数名は教会へ来てくれたりはしましたが、そのまま時は過ぎていきました。あれから40年過ぎて驚いたことは、なんと中学では2年の時と3年の時に、それぞれクラスメイトだった2名がクリスチャンになっていて、感動の再会があったということです。私が牧師になっていることを知って自己申告してこられました。高校時代の同窓生の中には牧師になって現在関東で牧師をしている人もいます。あの時の小さな祈りに対して、神さまは一筋の灯火を与えてくださっているように思います。
バウンズ師は、「祈りは不朽のものであって、これをささげた唇は、死のために閉じ、それに感動した心臓は、鼓動を止めても、祈りは神の前に生きている。」と言いました。私の祖父はクリスチャンでした。自分の子供たち家族の救いのために祈っていましたが、生前にそれを見ることはなく召されていきました。でもその死後から不思議なことが起こり、子供3人が全員神さまを信じ、孫である私まで、その恵みが及びました。
「神さまの沈黙は涙だ」とある書物に書かれていましたが、もし、悲痛な祈りをしても何も起こらない時、それは神さまが涙を流しておられる時なのだということです。イエスさまが、十字架上で「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか?」と叫ばれた時、父なる神さまは何もされませんでした。私たちに対する救いを成就するために涙しながら耐えておられる時間だったのです。
「神のなされることは皆その時にかなって美しい・・・人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることはできない。」(伝道3の11)
心のオアシス 2018年6月10日
精神科教授のイ・ムソクさんの文章の中に、まだ医大生だった時にお世話になったK教授のことを書いておられます。この先生は、声が大きく口の悪さは有名で、手術中に研修医を殴って追い出したという噂もあり、学生たちは、この教授の前では猫の前のネズミのようでした。ところが、医大を卒業して10年余り経ったある日、その教授が教会に通い始めたという噂を聞きました。しかも、威厳と権威の象徴だったK教授が献金係をしていて、誠実で熱心なクリスチャンになっていたそうです。
そして、ある日、その教授から次のような証を聞くことができたとのこと・・・「私は、神を信じませんでした。非科学的だと思っていたからです。外科医として、末期がん患者たちが周りの人々を恨み悪口を言い、不安に怯えながら死んでいく姿を何度も目にしました。その中で、今でも鮮明に記憶に残っている患者がいます。その方の顔はとても平安に満ちていました。その方は猛烈な痛みにもよく堪えながら、周囲の人々を慰めていました。私が回診に行くと、その人は笑いながら感謝しますと言いました。私は思いました『私ならあの人のようにできるだろうか。みな同じ人間なのに、どうして死の前で平安でいられるのだろうか。その人には何かがある』後で、その理由を知ったのですが、その人はイエス様を信じていました。その人にとって死は新しい人生の始まりでした。その後、周りを見回すと、イエス様を信じている人たちは死の直前でも違っていたのです・・・。私がイエス様を信じるようになった理由は他にもありますが、その人からの影響が大きかったのです」
これが、神さまの約束を信じている人の姿なのです。この世は、天国予備校のようなものです。痛みを覚えることがあるでしょう。傷つくこともあるでしょう。肉における私たちの人生には、さまざまなテスト(試練)を通りますが、それは天国へ入るに相応しい人格と信仰を作り上げるための道程なのです。肉を脱ぎ去った後に、永遠における本当の人生が待っていることを信じる者は、“今”を忍耐することができるのです。
キリスト・イエスにあって人知を超えた神の平安が与えられます!
心のオアシス 2018年6月3日
『あなたの中の最善なものを』
人は不条理 非論理 利己的です
気にすることなく人を愛しなさい
あなたが善を行うと 利己的な目的でそれをしたと人は言うでしょう
気にすることなく善を行いなさい
目的を達しようとすると じゃま立てする人に出会うでしょう
気にすることなくやり遂げなさい
善い行いをしても おそらく次の日には忘れられるでしょう
気にすることなくしつづけなさい
あなたの正直さと誠実さがあなたを傷つけるでしょう
気にすることなく正直で誠実でありつづけなさい
あなたの作りあげたものが壊されるでしょう
気にすることなく作りつづけなさい
助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう
気にすることなく助けつづけなさい
あなたの最善のものを世に与えなさい
けり返されるかもしれません
でも気にすることなく最善のものを与えつづけなさい
(マザー・テレサ)
難しいことですが、視点がこの地上ではなく天であるならば可能です。
心のオアシス 2018年5月27日
私は、“宗教”は好きではありません。世の中では、クリスチャン=キリスト教をやっている人、と考える人が多いようですが、私はキリスト教をやっている牧師ではありません。実は、“キリスト教”という言葉自体が好きではないのです。“宗教”とは、目標達成(救い・癒し・問題解決・商売繁盛・家庭円満など)のために、その教えを守って、私たちの側が努力しなければなりません。いわゆる“神”に気に入られるために、何かをするのです。でも、このような関係は、いつも人間が“神”の顔色を伺いながら、自分が気に入られているのか、救われているのか、どう見られているのかがわからないまま何の確信も得ることはできないのです。これが“宗教”の実態なのです。
しかし、聖書に書かれている“神”と“人”との関係は、明らかに“宗教”ではありません。それはまるで親子の関係のような親密なものなのです。親は、生まれた赤ちゃんを、何故可愛がり、育てるのでしょうか? 赤ちゃんが、親に対して喜ばせることをしたから、無償でミルクをあげて、オムツを替えるのでしょうか? そしてその子どもは、DNA鑑定をして、科学的に親だと確定したから、「これは自分の親です」と言うのでしょうか? そんなことはないでしょう? 生まれた時には、どの親から生まれたのか記憶もないのに、私たちは、自分の親を親と認めています。これはある意味“信仰”だと思います。親を親と認めることは、宗教ではありません。それと同じように、私は、私たちを創造してくださった“神”を“神”だと認めているだけなのです。そしてその神は、私たちが神に喜ばせることは、何一つしていないのに、ご自分が創造された一人一人の存在を愛して、一方的に私たちに愛を注いでくださっているのです。子どもが成長しながら、親に感謝して、その愛に応える生き方をすることが健全な親子関係であるように、私たちも神の愛に応えて生きることが、この地上での使命なのです。
「しかし、まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが死んで下さったことによって、神はわたしたちに対する愛を示されたのである。」(ローマ5章8節)
心のオアシス 2018年5月20日
健全なセルフイメージ(自己イメージ)を持っていると、勇気を持って様々な問題に立ち向かうことができます。「人は心の中にある自己イメージを超えることはできない」と、ある先生が書いておられますが、私達は、どのようなセルフイメージを持っているでしょうか? 自分をどう捉え、自分の価値をどう判断して、自分の存在にどれだけの意味を感じているでしょうか? セルフイメージというのは、本当の自分とは必ずしも一致しません。それはあくまでも本人が捉えている姿でしかないのです。健全な自己イメージを持つことは、人間を成功や幸せへと導く重要な要素であると言われています。心理学でも、人はだいたいにおいて本人の自己イメージに調和した行動をとると言われています。もちろん、例外はありますが、多くの場合、自分の持っているイメージに、行動がともなっていくというのは、学問的に言われていることなのです。
自分のイメージが低い人は、「わたしは何をやってもうまくいかない」「どうして私ばかりこんな目に遭うの?」「私は何一つまともにできない・・・」という決まり文句を持っています。このままでは、新しいことをしたり、問題や困難に立ち向かう力は、あまり発揮できないのではないかと思います。しかし、セルフイメージを高める最良の方法があります。それは、神様の視点から自分をイメージするのです。すると自分に満足できるようになります。神様がありのままの自分を選び愛していてくださっていることを知るからです。
カナンの土地に入る直前、モーセは12人の偵察隊を送り込みました。その中の10人の報告は、「土地はとても良いのですが、住んでいる人たちは巨人で、自分たちはイナゴのようで無理です。入れません」でした。しかし同じ状況を見てきた残る2人は「彼らよりも神さまの方が強いですから、神が共にいてくだされば大丈夫!」と言ったのです。自分が主体になっていると、所詮“イナゴ”にしか見えません。力不足です。しかし、神の視点で見るならば、比較対象が“相手と自分”ではなく、“相手と神”になるのです。自分の弱さが強さに変わるのです。ハレルヤ!
心のオアシス 2018年5月13日
【母のスープ】
夕方のこと。先月83才になった母が手製の野菜スープを抱えてやって来た。私がインフルエンザになってから毎日電話がかかり、何か出来ることはないか、看病に行くと言い続ける。先月同じB型に罹患しているので移らないとは思うがやはり心配だし、こちらは薬を飲んで寝ているしかなく食欲も無い。起きるのも辛い状況で正直なところ来たら、かえってこちらが気が休まらず大変なのは目に見えている。心配はわかるが大丈夫だからと断り続けていたが、とうとう今日は強行手段(?)に出たか、「いま野菜スープを作ったから、出来立てを持っていく」と言う。
これは断れないか、という思いと、もしかしたら母の作ったものならば食べられるかも知れないという予感がよぎり、タクシーを手配するからそのタクシーでそのまま帰るんだよと約束させ、小一時間後、小さな母が手持ちの一番大きな鍋を抱えてやって来た。入学したての小学生がランドセルを負ってか負われてかおぼつかない足どりになる、正にそんな様子で鍋を大事そうに抱きしめて。多分、元気のない声だけでは心配だったのだろう、娘の顔を見て安心したようだった。年齢と病気で出来ないことも多くなった母だが、母親としての本能と人の役に立ちたいという気持ちは消えていないのだと思った。野菜スープはやはり懐かしい、母の味がした。日々のなかでは色々あるが、やはりいくつになっても母はありがたい。(大和CC Y.M.)
数ヶ月前にフェイスブックに投稿されていたこの文章に感動したので、許可を得て「母の日」のために温存していました。母親の愛は、多くの場合、自己犠牲的であると思います。イエスさまは十字架で死んで墓に葬られてから、3日後に甦られました。そのことを知らないマグダラのマリヤは、御使いに言いました。「どこに遺体を置いたのか教えてください。わたしがそのかたを引き取りますから、」一人の小さな女性が、どうやって運ぶのでしょうか?“愛は重荷を感じない”のです。母親の姿に神さまのご性質が表れているように思います。お母さんありがとう!
心のオアシス 2018年5月6日
遠藤周作さんが「聖書の中の女性たち」という本の中で紹介している文章です。そこに出てくる少女は11歳で死ななければならない病気と戦い、イエス・キリストによって慰められたというのです。そしてこの詩に出てくる「あの子」というのはイエス・キリストを意味するのでありますが、このような詩です。
私のノドが痛い時、あの子のノドも痛み
私が夜、咳をする時、あの子も眼をさまして咳をする
私がママから叱られて泣くとき、あの子も私と一緒に泣いている
夕陽にうつる 私の影法師のように、あの子はいつも私と一緒だ
咳の痛みを癒すのでもなく、咳を止めてくれるのでもないけれども、一緒に「痛み」、一緒に「咳をし」、一緒に「泣いてくださる」キリストによって淋しい病床で慰められたというのです。神様が、共におられるありがたさだと思います。
エジプトの地で、イスラエルの民は奴隷として重い労役を課せられていました。しかし、モーセを通して神さまが、その地から導き出してくださり、束縛から解放されました。それから神さまが示された約束の土地に入るまでの40年間、昼は雲の柱、夜は火の柱が、彼らと共にあり、毎朝マナが降り、砂漠の中で生きていくことができたのです。それは見て触れることができる神さまの臨在の象徴的なものでした。しかし、出エジプトから40年後、約束の土地に入ってからは、雲と火の柱は消え、マナも止みました。それは、目には見えなくとも、あたかも主が見え触れているかのようにして歩む“信仰”によって生きる時代の到来でした。
私たちの人生にも、昼もあれば夜もあります。どんなに真っ暗な孤独や悲しみ、辛さの夜を歩んでいたとしても、確実に神さまは、あなたと共に常におられます。これを信仰によって受けとめる時、本当の安息が訪れるのです。ハレルヤ!
「昼は幕屋の上に主の雲があり、夜は雲の中に火があった。彼らの旅路において常にそうであった」(出エジプト40章38節)
