ガンにかかったある信徒の方が、次のような文章を書きました。「ガンが好き勝手にできないことがある。ガンは愛を病ませることはできない。希望を失わせることもできない。信仰を錆びつかせることもできない。平和を奪うこともできない。プライドを破壊することもできない。友情を壊すこともできず、思い出を消すこともできない。勇気を失わせることもできず、たましいに侵入することもできず、永遠のいのちを縮めることもできない。聖霊の火を消すこともできない。ガンには復活の力を弱める力は絶対にない!」このような文章は試練が私たちにとって益であることを知っている人だけが書けるものだと私は思います。その信徒はガンという大きな病と闘っていますが、彼の心には真の信仰がありました。何よりも神さまに信頼することにより、変わることのない永遠の希望がありました。
私たちが苦難に対してどう反応し、どう解釈するかによって、苦難は私たちにとって祝福にもなり、ただ苦しみを与えるものにもなります。苦難は、神さまの愛の証しであると信じる積極的な忍耐が、私たちのからだとたましいに力と勇気を与えるのです。もし罪による苦難のために苦しんでいるなら、罪を告白して悔い改め、神さまに立ち返ってください。苦難を通して訓練されれば、残りの人生で力と平和の実を結ぶことができます。後にどんな苦難が訪れたとしても、その中で神さまの愛の手を見いだし、以前よりもさらに多くの益を味わうことができるのです。
(「苦難があっても絶望はない」キム・サンボク師著より抜粋)
以下は私たちの教会メンバーのNさんのブログからの抜粋です。最近大きな手術をされましたが、術後の大きな変化を書いておられます。
「どれ位の余生かはキリストの神様だけがご存知だが、天国に迎え入れて下さる日まで精一杯生きるのだ、と心底思えるようになって『死』は怖くなくなりました。これは術前と違う最大の変化です。平安に満たされています。」
「死は勝利にのまれてしまった。」(Ⅰコリント15章55節)