【メッセージ】2019年5月5日 「わたしは知らなかった!」

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創世記28章6~17節

心のオアシス 2019年5月5日

 乱暴に扱われ、傷だらけになったバイオリンのオークションが始まった。競売人は、時間をかけるのも惜しいとばかりに、高く持ち上げ、笑顔で言った。「さぁ皆さん、これはどうかな?」「誰から始めてもらおうか?」「1ドル」「2ドル!」「誰か3ドルはいないかね? 他になけりゃ、3ドルで決まるよ」しかし何の反応もない。その時、部屋の奥から、白髪の男が現れ、前に進み出て弓をとり、古びたバイオリンのほこりを払い、ゆるんだ弦を締め、澄んだ音色で、心に滲みるメロディーを奏で始めた。まるで天使が賛美歌を歌うようだった。演奏が終わり、競売人は、低い声で厳かに言う。「この古いバイオリンをいくらから始めましょう?」そして、バイオリンと弓を持ち上げる。「さぁ、千ドルだ。誰か2千ドルはいないかね?」「2千ドル!」「それ以上は?」「3千ドル!」誰かが叫んだ。「どうして、こんなに価値が上がったんだ?!」すぐさま答えが返ってきた。「達人(マスター)の技だよ」
 聖書の中に、道をはずれ、痛めつけられ、傷だらけになった罪多き女性のことが記されています。彼女は、古びて傷だらけになったバイオリンのように、人々からは最低の評価しかありませんでした。彼女は罪の現場で取り押さえられ、イエスさまの前に引き出されて、「この女は、生きる価値はないでしょう。律法によると石打ちが妥当だと思いますが、どう思いますか?」と問われました。イエスさまの答えは「あなたがたの中で罪のない者が石で打ちなさい」でした。結局、石を投げることができた者は一人もいませんでした。年寄りから石をその場に落として帰っていきました。結局、人の価値を決めようとしていた自分自身も、罪がないとは言い切れなかったのです。唯一罪のない、石を投げる権利を持っておられるイエスさまは、この女性に言われました。「わたしもあなたを罰しない。もう罪を犯さないように」これは「主にあっては、生きている価値がある」との発言だったのです。人間の価値が高まるのは、創造主(マスター)の業だということなのです。
 「わたしの目には、あなたは高価で尊い。」(イザヤ43:4)

【メッセージ】2019年4月28日 「黙して主の時を待つ」

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創世記27章30~38節

キッズクラス「イエス様の約束」

心のオアシス 2019年4月28日

 行き倒れの人を連れて帰ってきて手当てをしているマザー・テレサに向かって、「あなたのしていることは水の一滴のようなことだ。どうしてあなたは、もっと力のある社会に働きかけて、インドという国を良くしないのですか?」と尋ねる人がいました。その人に対してマザーは、「海の水も一滴の水から成り立っているのですよ」と答えたそうです。この言葉は、私にとって勇気と励ましを与える言葉となっています。
 一匹一匹のアリの作業を観察していると、とても大きなことはできないように思えます。砂の一粒を運んでいるアリ、パンくずをどこかで見つけて運んでいるアリ・・・でも、その積み重ねによって、地中に深く穴を掘り、いくつもの部屋を作り、そこで食べて生きているのです。神さまの目から見るならば、私たちの毎日の生活は、どのように映っているのでしょうか? 自分は大きな仕事をしていると思っていても、もしかしたら、神さまの目には、小さな砂の一粒を動かしているほど小さく映っているかもしれません。また自分は何もできない小さな存在だと思っていても、知らない間に神さまの大きな御業の一旦を担わせていただいていて、神さまが応援してくださっていることだってありえるのです。たとえ小さな存在であっても、誰の目にも届かない小さな働きであっても、その存在がなければ、大きな御業は起こらないのです。
 まさに聖書には、無名でありながら、イエスさまの働きに大いに貢献している人たちが多勢出てきます。国や社会を動かすことも、弱っている一人の人を助けることも、それは神の目には変わりないのです。そして、その存在とそれぞれの働きがなければならないのです。
私たちの毎日の祈り、生活、学び、仕事、何気ない会話も、小さなことですが、その積み重ねが、大きな働きへと変わるのです。教会は2千年間、コツコツと礼拝を守ってきました。しかし、それは今の時代の私たちにまで信仰の継承がなされるために大切なことでした。そして今の私たちの毎日が次世代へと続いていくのです。ありがとう!“平成”