心のオアシス 2018年8月12日

 つまづいたおかげで

 つまづいたり ころんだり したおかげで
 物事を深く考えるようになりました
 あやまちや失敗をくり返したおかげで
 少しずつだが 
 人のやることを 暖かい眼で
 見られるようになりました

 何回も追いつめられたおかげで
 人間としての 自分の弱さと だらしなさを
 いやというほど知りました 
 
 だまされたり 裏切られたり したおかげで
 馬鹿正直で 親切な人間の暖かさも知りました

 そして・・・
 身近な人の死に逢うたびに 人のいのちのはかなさと
 いま ここに 生きていることの尊さを
 骨身にしみて味わいました (以下省略) 
 (相田みつを著『にんげんだもの』文化出版局刊より)

 私たちはみんな“幸せ”を求めています。そして“幸せ”になるためには、どうしたら良いかを考えます。幸福になるために、成功することを求め、成功するためには、目標を達成しなければならない、という図式ができあがるわけです。このような思考パターンを持ったままでは、最終目標にたどり着くまで、成功もしないし、幸福にもなれないということになります。聖書的幸福とは、イエスさまが教えられた八福の中にもあったように、「心が貧しくても」「悲しんでいても」幸いだということなのです。何があったとしても、神の御心が自分の人生に行われていることを幸せだと思えるようになったら、もう何があっても大丈夫です。

【メッセージ】2018年8月5日 「何とかなる!」

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マタイによる福音書9章1~8節

心のオアシス 2018年8月5日

 関西カルバリーフェローシップの開拓は9年目、堺チャペルは2年目に入った。一つの教会を開拓していくことは至難の業と言われていたので、私は、それだけはしたくないと牧師になってからずっと思ってきた。ところが神さまはそうはさせてはくださらない。私の願いではなく、神さまの願いが実現していった。私にとって最初の開拓地は、1993年、アメリカはカルフォルニア州・ラグナヒルズという町でした。そして次が2010年、東大阪と奈良。そして2017年に堺市となる。ゼロからのスタートは、神経をやられてしまう伝道者も多いと聞くが、確かにそうかもしれません。しかし幸いなことに、私は関西での伝道を始めたときに、開拓経験のある先輩牧師から、このようなアドバイスを受けた。「『数』を追うと自己満足か自己憐憫に陥るので、それは止めた方がいいですよ。神さまが人を送り、神さまが人を取られるので、神さまがなさることに委ねたら悩まないですよ」この言葉が、私の開拓の指針になった。神さまが、指一本動かせば、一晩で多くの人たちが教会に来るだろうし、神がそれを望まなければそれで良し、“神実現のための自分”を意識すると本当に楽しくなった。私は、「数」を追うのではなく、神さまが自分に与えてくださっている賜物を100%用いてベストを尽くし、後は神さま任せにした。神がたとえただ1人の牧会を任せられたとしてもそれで良し! それが私の心を守ってきた開拓の秘訣なのです。
 以下は、ダニエル・キム宣教師の文章です。励まされます。
 この時代を生きる宣教師として考えるべきことは、「働きの実がなくても、その働きを続けられるかどうか」ということだ。地の果てに行くほど、実を得るのが難しい。主の再臨が近づくほど、目に見える働きよりも地下に入っていく働きが多くなる。イエスさまは私にこう語られた。「明日、人が集まらず、礼拝堂を奪われ、働き人がいなくなったら、あなたは何によって喜ぶだろうか? 明日、声が出なくなって賛美ができなくなったら、あなたは何によって喜ぶだろうか? 目に見える結果ではなく、天の父があなたをひとりぼっちにせず、共に歩んでくださることを喜びなさい」そんな思いで主の前に立てば、地の果てまで行くことができる。その思いさえあれば、主が来られるその日まで、地の果てまで宣教の使命を果たす人として用いられるだろう。   アーメン!!

キッズクラス「岩の上に建てた家」

「みことばを行う人になりなさい。自分を欺いて。ただ聞くだけの者となってはいけません。」ヤコブ1:22

【メッセージ】2018年7月29日 「主にあって必ず希望はある!」

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マタイによる福音書8章1~10節