心のオアシス 2018年10月14日

 19世紀、プロイセン王フリードリヒ2世は、聖書の真理性についてチャプレンと討論しました。当時の王は、フランスの理神論者ヴォルテールの影響を受け、聖書を信じずに疑っていました。「あなたの聖書が本当に神から来たものか、その証拠を簡単に説明してみよ。」王の質問に、チャプレンはこのように答えました。「一言で申し上げることができます。イスラエルです。」チャプレンの答えに、王は沈黙しました。チャプレンは、数え切れないほどの苦しみと迫害を受けたイスラエルが今も存在するという詩篇129篇「今イスラエルは言え、『彼らはわたしの若い時から、ひどくわたしを悩ました。しかしわたしに勝つことができなかった。』」のみことばを証拠としてあげたのです。神さまの助けと守りと導き以外に、イスラエルの存在を説明できるものはありません。
 イスラエルは、民族が初めて形成された「若いころ」(詩129:1)に、エジプトから激しい迫害を受けました。イスラエルの数が増え続けると、エジプトの王パロはイスラエルに男の子が生まれたら殺すよう命令しました。このような、虐政の下でモーセが生まれました。イスラエルは士師の時代にも、ペリシア、アッシリヤ、モアブ、アモン、エドムなどに囲まれ、脅威にさらされていました。民族も南北に分裂し、北イスラエル王国は、シリヤ軍隊の侵略と圧迫を受け続け、後にアッシリヤによって滅ぼされました。南ユダ王国は、バビロンによって滅ぼされ、その後にもユダヤ人は、ギリシヤとローマ、中世紀にはヨーロッパ、20世紀にはナチスの激しい迫害を受けました。歴史を知る人は、イスラエルがどの時代においても、どれほど迫害されてきたかをご存知でしょう。しかし、敵はイスラエルに勝利することができませんでした。神がイスラエルと結ばれた契約を守られたからなのです。この国だけは、これからも絶対に滅ぼし尽くすことはできません。神の約束があるからです。
 しかし、イスラエルが滅ばされないのは、「イスラエルを通して、すべての国民が祝福されるため」(創26:4)なのです。私たちも、神さまとの平和条約を結んでいるならば、苦難や試練を恐れる必要はありません。

10月の賛美

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【メッセージ】2018年10月7日 「誰が一番偉いのか?」

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マタイによる福音書18章1~5・18~20節

キッズクラス「新しいリーダー」

心のオアシス 2018年10月7日

 私は最近、一つの悟りが与えられ、他者に対してより一層寛容になることができるようになった。今までは、成長を願う一心もあったが、自分ができることは、他者もできるはずと思い、自分の拘わり通りに物事が動かないと、ストレスになることが多かった。しかし神さまは、ご自分が造られたすべての物を見たところ「はなはだ良かった」と言われました。最初は、「はなはだ良かった」ところからのスタートだったのです。これは100点満点中、1000点からの出発だと考えることができるように思いました。だからこそ、神さまは罪に落ちた人間を、そして何度も神さまを裏切るイスラエルの民を赦し愛し続けることができたのではないかと思う。もし100点からのスタートならば、いつも減点ばかりの私たちに対して、満点でない腹立たしさが起こるでしょう。例えば、親は子に100点であって欲しいと願います。でも50点や60点しかできなければ、足りない部分を見て責めることになります。でも、千点からのスタートならば、少々足りない部分があっても満点以上の存在なのです。その存在だけで、生かされているだけで満点だと考えるようになったら、感謝が溢れるようになりました。
 もう一つ、他者に寛容になれる秘訣は、自分がどれほど罪深い存在であるかを自覚するということです。サムエル記の学びをしながら感じたことは、ダビデは、自分の部下に裏切られても、息子のアブサロムが反逆した時も、シメイがのろいながら石やチリを投げつけてきた時も、寛容であり続けることができました。それは、今、自分がそのような状況になっているのは、他者が悪いのではなく、すべては自分の“罪”のせいだと考えていたからです。故に今生かされているのは、ただ神の恵みだとダビデは考えていました。これはダビデの言葉です。「彼がのろうのは、主が彼に『ダビデをのろえ』と言われたからであるならば、だれが、『あなたはどうしてこういうことをするのか』と言ってよいであろうか・・・彼を許してのろわせておきなさい。主が彼に命じられたのだ。主はわたしの悩みを顧みてくださるかもしれない。」(サムエル記下16章10~12節)