キッズクラス「神にゆだねたダビデ」

心のオアシス 2019年2月10日

 今年から礼拝メッセージは、旧約聖書・創世記から順番に学んでいる。
 先週は“信仰の父”と呼ばれるようになったアブラハムが登場した。彼は今から4千年前に、当時偶像崇拝者であった父の元に生まれましたが、一つの信仰の決断が一つの新しい民族を生み出し、今や全世界に散らばっています。それがユダヤ人なのです。旧約聖書によると神は、罪に溺れる人々を正しい道に導くために、エデンの園から追放し忍耐をもって見守っておられましたが、ノアの時代に悪がはびこり、大洪水によってノアとその家族以外を滅ぼされました。それからまた時は流れ人が増え、ノアの時代の水のさばきを忘れ去られてしまった時代に、高い塔を建て創造主を忘れ、人間中心の社会になった時、今度は一つだった言語を乱されて、それぞれの民族として地の果てにまで散らされました。そして神さまは救いの祝福を与えるために、次なる計画を実行されたのです。それは全く新しい一人の人を選んで、そこから生まれてくる人々を、新しい民族として立て、その新しい民族を通して全世界の人々を祝福するというものでした。そしてその完成形が、アブラハムの時代から2千年後に、系図上ではその子孫として生まれたキリストだったのです。
 一人の小さな信仰が、世界を変えていきました。アブラハムの信仰とは、全世界の人々が創造主を知らなくても、私は神さまの呼びかけに応じます!という姿勢でした。彼は周りに創造主を信じさせる人や環境がなかったにも関わらず、神の呼びかけに従いました。信仰とは、皆がやってるから、自分もやってみようというレベルのものではないのです。
 そしてもう一つ。信仰とは、自分の可能性ではなく、神さまの可能性に賭けることです。アブラハムが選ばれるために、どのような条件があったでしょうか? 彼は創造主を知らない人でした。しかし神さまは、そんな彼に一方的に選び声をかけられたのです。アブラハムが偉大な存在となったのは、ただその声に従ったからなのです。
 神さまは、私たちを選んで、この地上に生かし、今も声をかけ続けてくださっています。今こそアブラハムと同じように、その声に反応してみませんか?! 

【メッセージ】2019年2月3日 「罪におぼれる人間に対する次なる計画」

創世記6章1~2・5~9節・7章1~5節・8章1節

キッズクラス「ダビデとゴリヤテ」

心のオアシス 2019年2月3日

 1900年代に、癒しの賜物が与えられている著名な伝道者が集会を行なった時のこと。一人の青年が、その集会に出たときに、たくさんの病気の人々が癒され、車椅子で来ていた人たちが立ち上がるという癒しが次々に起こりました。彼はその奇跡に圧倒されていました。集会が終わってその青年が外に出ようと人の列の流れにいると、車椅子をおしている女性の姿が見えました。その車椅子には、病気なのでしょうか奇形なのでしょうか、頭が異常に大きく体が異常に小さくて歩くことのできない子供が座っていました。肩を落としながら車椅子をおす母親の姿を見ながら彼はすぐにこう思いました。「神様! この子は、今日癒しが必要だったのに、どうして癒してくださらなかったのですか?」神様に文句を言いました。そんな気持ちのままで長距離バスに乗り込みました。そしてそのバスに乗って帰る途中、青年は、ウトウトして夢を見ました。それは、数時間前に見たシーンでした。集会が終わって、出口のあたりを歩いていると、あの頭の大きな子と、その車椅子を押している母親の姿がありました。そして「どうして、この子を癒してくださらなかったのですか?」と怒っている自分自身の姿もありました。しかし、その親子を見ていると、その後ろにイエスさまが立っておられて、その車椅子の子どもの頭を抱きかかえながら「私は、この子を忘れているのではありません。いつも心にとめています。」と語っておられる姿を見たのです。それが彼にとっての全て疑問の答えだったと話しておられました。
 私たちは、癒しや、問題がなくなることを切に求めながら生きています。実際に、私は祈りを通して癒され、具体的な必要が満たされることも経験済みです。しかし、人は必ず死ななければなりません。これは神さまが定められたことです。この地上では、自分の願いが通りにいかないことも多々ありますが、私は完全な満たしと癒しと解決は、天においてあると聖書に基づいて確信しています。
 「たとい親があなたを忘れるようなことがあっても、私はあなたを忘れることはない」(イザヤ49:15)この世においては、主の自分に対する愛と計画を信じて進みたいものです。