19世紀、プロイセン王フリードリヒ2世は、聖書の真理性についてチャプレンと討論しました。当時の王は、フランスの理神論者ヴォルテールの影響を受け、聖書を信じずに疑っていました。「あなたの聖書が本当に神から来たものか、その証拠を簡単に説明してみよ。」王の質問に、チャプレンはこのように答えました。「一言で申し上げることができます。イスラエルです。」チャプレンの答えに、王は沈黙しました。チャプレンは、数え切れないほどの苦しみと迫害を受けたイスラエルが今も存在するという詩篇129篇「今イスラエルは言え、『彼らはわたしの若い時から、ひどくわたしを悩ました。しかしわたしに勝つことができなかった。』」のみことばを証拠としてあげたのです。神さまの助けと守りと導き以外に、イスラエルの存在を説明できるものはありません。
 イスラエルは、民族が初めて形成された「若いころ」(詩129:1)に、エジプトから激しい迫害を受けました。イスラエルの数が増え続けると、エジプトの王パロはイスラエルに男の子が生まれたら殺すよう命令しました。このような、虐政の下でモーセが生まれました。イスラエルは士師の時代にも、ペリシア、アッシリヤ、モアブ、アモン、エドムなどに囲まれ、脅威にさらされていました。民族も南北に分裂し、北イスラエル王国は、シリヤ軍隊の侵略と圧迫を受け続け、後にアッシリヤによって滅ぼされました。南ユダ王国は、バビロンによって滅ぼされ、その後にもユダヤ人は、ギリシヤとローマ、中世紀にはヨーロッパ、20世紀にはナチスの激しい迫害を受けました。歴史を知る人は、イスラエルがどの時代においても、どれほど迫害されてきたかをご存知でしょう。しかし、敵はイスラエルに勝利することができませんでした。神がイスラエルと結ばれた契約を守られたからなのです。この国だけは、これからも絶対に滅ぼし尽くすことはできません。神の約束があるからです。
 しかし、イスラエルが滅ばされないのは、「イスラエルを通して、すべての国民が祝福されるため」(創26:4)なのです。私たちも、神さまとの平和条約を結んでいるならば、苦難や試練を恐れる必要はありません。