心のオアシス

心のオアシス 2019年7月14日

 巡礼中の二人の僧侶が川にさしかかり浅瀬を渡ろうとすると、着飾った娘に出会った。娘は、水かさが増した川を前に途方に暮れている様子だ。きれいな服を汚したくないのだろう。そこで、僧侶の一人が手間もなく、娘を背負うと川を渡り、向こう岸の乾いた土手におろしてやった。そして再び二人は旅を続けた。一時間ほど経った頃、もう一人の僧が文句を言い始めた。「女に触れるなんて、何てことだ。戒律に反するぞ。修行僧の掟を破るなんて、まったくお前はどうかしている」先ほど娘を背負った修行僧は並んで黙々と歩いていたが、とうとうこう言った。「わたしはもう1時間も前に娘をあの土手においてきたというのに、何でおまえはまだあの娘を背負っているのだ?」(「弾師の知恵」より)
 悔しい思いや、許せない出来事があると、相手や出来事によって心が縛られてしまうことがあります。実際には縛られていなくても、心が縛られてしまって、四六時中そのことによって自分が振り回されてしまうのです。悔しいと思いませんか? そこから脱する方法に関しては、積極思考や啓発的な読み物の中にいくつか紹介されています。しかし、そこには根本的な解決はなく、ただ自分に言い聞かせて説き伏せるしかないので、また思い出す度に苦い思いがフツフツと湧いてきます。私がこれまでに実践した中で、これを解決する最も効果的な方法は、神がすべての主権を持っておられることと、そして神が必ず公平にさばかれる時が来ると信じることです。そして自分自身も、本来は神の目には赦されるはずのない罪人なのに、赦されていることを自覚することです。
 ヤコブの11番目の子であるヨセフは、嫉妬からエジプトに売り飛ばした兄弟たちに対する苦々しい思いがいつもあったでしょう。それは、ヨセフが後の日にエジプトの大臣になり、それとは知らずに飢饉のために食料を求めにきた兄弟たちに対する態度からも分かると思います。すなわちヨセフは自分を明かさず、何度もいじわるとも言える言動を兄弟たちに行なっているのです。しかしそんな中で、四男ユダの犠牲的な姿に神の愛を見ました。ヨセフは、ようやく神の主権を悟り、自身を明かして言いました。「私を売ったことを嘆くことも悔やむこともありません。命を救うために、あなたがたより先に神が私をエジプトに送り込まれたのです。」 “神は私に最善しかされない”という信仰が解放の鍵です。

心のオアシス 2019年7月7日

 最近、個人的に旧約聖書のヨブ記を学んでいます。ヨブは地上における不条理を指摘しています。「かすめ奪う者の天幕は栄え、神を怒らす者は安らかである。自分の手に神を携えている者も同様だ。」(ヨブ記12章6節)ヨブを責める友人たちは、「悪者は必ず不幸な目にあっている」と言うのですが、そういう図式は現実の世界では当てはまりません。ヨブが言うように「荒らす者の家が栄えている」ということがあります。神を怒らせている者が安らかであるように見えることもあります。現実は悪者が栄えていることも事実です。終わりの時には公平なさばきがあることを聖書は教えていますが、それまでは単純に義人が栄え、悪者が廃れるという単純な公式ではない、ということをヨブは話しています。ヨブの落としどころは、悪者が栄えることも、自然界の法則も、すべては神の主権の中で起こっているということでした。自分には理解できなくても神が理解しておられ、御心がなされていることを受け止めることが信仰者のあるべき姿でしょう。それは“諦め”ではなく、神は最善に導いてくださるという“期待”の表れなのです。
 花売りのおばあさんがいました。人生の嵐をたくさん経験したためか、顔には深いしわが刻まれ、髪は真っ白で、背中は曲がっていました。しかし、花を売りながら笑顔を絶やしませんでした。彼女を見ていた人々は、その笑顔の秘訣が一体何なのか気になっていました。ある日、それを尋ねた人がいました。「おばあさんはいつも嬉しそうで、顔が穏やかなので、問題も苦しいこともなさそうに見えますね」おばあさんは答えました。「まさか。私だって心配事を積めば、トラック百台分くらいにはなるんですよ」「そうなんですか? では、なぜいつもそんなに明るく嬉しそうにしておられるのですか?」「聖書に、イエスは十字架につけられて死なれ、三日後よみがえられたとあります。ですから、私も苦しいことがあるたびに『私も三日だけ待とう。人生には苦難の金曜日だけではなく、復活の夜明けもあるのだから』と自分に言い聞かせるのです。そうやって三日じっと我慢して待つと、いつも主が喜びを与えて、良いことに巡りあえるようにしてくださるんですよ!」 

心のオアシス 2019年6月30日

 作曲家のメンデルスゾーンが、ヨーロッパ最高のオルガンがあるという聖堂を訪れた時のことです。彼はオルガンを一度演奏させて欲しいと頼みましたが、聖堂の演奏者は断固として断りました。「このオルガンがどれほど貴重なものかご存知ですか? この貴重なものを、誰にでも弾かせることはできません。」メンデルスゾーンは、しきりにせがんだ末、ついに許可を得ました。彼の指が鍵盤の上を走る瞬間、これまで聖堂の演奏者が聞いたこともない美しく壮大なメロディーが聖堂を満たしました。後にメンデルスゾーンの正体を知った聖堂の演奏家は、こう言ったそうです。「あなたがあの偉大な音楽家メンデルスゾーンなのですか。偉大な音楽家にオルガンに触れさせないようにするとは、私は本当に愚かでした。」
 自分よりも能力のある存在に人生を任せることができるなら、何も心配したり恐れたりする必要がないだけでなく、さらに大きな希望を抱き、さらに大きな夢を見ることができるでしょう。重要なことは、自分の才能や実力ではなく、「誰をつかみ、何に拠り頼むのか」です。自ら波を起こすことができなくても、大きく強い波がきたら、格好よくサーフィンすることができ、自ら風を起こせなくても、強い風が吹けば帆を空高く揚げることができるのです。
 今、KCFの礼拝メッセージでは、創世記から学んでいます。兄弟の嫉妬からエジプトに売り飛ばされ、奴隷になり、冤罪で牢獄に入れられ、忘れられたヨセフの人生は下降状態。這い上がることなんて不可能な状況でした。しかし、彼は腐ったりせず、ただ自分は神の手の中にあることと、“神の時”を信じ、その時その時の状況を受け入れて進みました。そしてある日、神の指が動き、崩れていたような彼の人生のすべてが繋がるかのようにして、一夜のうちに囚人からエジプト全国の支配者になりました。神が共におられることを信じることは、日々の力となります。
 私たちのすべきことは、ただ神が私たちの人生を神の御心のままに演奏されるよう、その席を差し出すことだけなのです。

心のオアシス 2019年6月23日

 マザー・テレサの『あなたの中の最善なものを』という詩です。
 
 人は不条理 非論理 利己的です
 気にすることなく人を愛しなさい

 あなたが善を行うと 利己的な目的でそれをしたと人は言うでしょう
 気にすることなく善を行いなさい

 目的を達しようとすると じゃま立てする人に出会うでしょう
 気にすることなくやり遂げなさい

 善い行いをしても おそらく次の日には忘れられるでしょう
 気にすることなくしつづけなさい

 あなたの正直さと誠実さがあなたを傷つけるでしょう
 気にすることなく正直で誠実でありつづけなさい

 あなたの作りあげたものが壊されるでしょう
 気にすることなく作りつづけなさい

 助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう
 気にすることなく助けつづけなさい
 
 あなたの最善のものを世に与えなさい けり返されるかもしれません
 でも気にすることなく最善のものを与えつづけなさい

 この詩のような生き方を全うされたのはイエス様でした。不条理、利己的で、裏切る私たちを愛し続けてくださっています。主に感謝。

心のオアシス 2019年6月16日

 黒川伊保子さんの著書「妻のトリセツ」は、実に男性と女性の考え方の違いを明快に説明している。以下がその一部です。
女性脳は大切な対象に意識を集中し、ちょっとの変化も見逃さず、相手が何も言わなくても、何を求めているのか、どうすれば相手がうれしいか、その意図を察して生きている。これは、物言わぬ赤ん坊を育てるために女性脳に装備された能力だから、「察すること」イコール「愛の証し」だと信じているのだ。「察してなんぼ」の女性脳にとって、「言ってくれれば、やったのに」というセリフは、察することを放棄した言葉であり、「僕はあなたに何の関心もない」「あなたを大切に思っていない」と同義なのである。
男性脳は大切なものに対して、習慣的に責務を果たすことを旨とする。
毎月給料を渡し、毎週決まった日にゴミを出し、毎日同じように帰宅する。これが男性脳が「妻を大切にしている」証しなのだ。察する機能がついていない男性脳に察しろと言うのはむずかしい。「言ってくれれば、やったのに」は本音であり、思いやりである。
しかし、このような場面で、言うべきなのは「気がつかなくてごめん。僕がやるべきだったね」だ。察したい気持ちを伝えるこのセリフは、ときには愛を伝える言葉にもなる。女性にとっての愛の証しと男性にとっての愛の証しが異なるから通じない。しかし、女性を大切にしていることを伝えるには、男性が女性に合わせる必要がある。譲歩することが愛情にもなる。
それにしても男性にとって、察することは意識的な訓練が必要だ。
でも、それは人間関係で必ず役に立つはず。

 なるほどと思わせられる。これを読みながら男性は、このような川柳を作るのです。「AIに 翻訳させたい 妻の機嫌」「この俺に 温かいのは 便座だけ」「諦める 妻のトリセツ 日々進化」
 教会は、世の中で闘うお父さんも応援しています。ヽ(´▽`)/