心のオアシス

心のオアシス 2019年6月23日

 マザー・テレサの『あなたの中の最善なものを』という詩です。
 
 人は不条理 非論理 利己的です
 気にすることなく人を愛しなさい

 あなたが善を行うと 利己的な目的でそれをしたと人は言うでしょう
 気にすることなく善を行いなさい

 目的を達しようとすると じゃま立てする人に出会うでしょう
 気にすることなくやり遂げなさい

 善い行いをしても おそらく次の日には忘れられるでしょう
 気にすることなくしつづけなさい

 あなたの正直さと誠実さがあなたを傷つけるでしょう
 気にすることなく正直で誠実でありつづけなさい

 あなたの作りあげたものが壊されるでしょう
 気にすることなく作りつづけなさい

 助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう
 気にすることなく助けつづけなさい
 
 あなたの最善のものを世に与えなさい けり返されるかもしれません
 でも気にすることなく最善のものを与えつづけなさい

 この詩のような生き方を全うされたのはイエス様でした。不条理、利己的で、裏切る私たちを愛し続けてくださっています。主に感謝。

心のオアシス 2019年6月16日

 黒川伊保子さんの著書「妻のトリセツ」は、実に男性と女性の考え方の違いを明快に説明している。以下がその一部です。
女性脳は大切な対象に意識を集中し、ちょっとの変化も見逃さず、相手が何も言わなくても、何を求めているのか、どうすれば相手がうれしいか、その意図を察して生きている。これは、物言わぬ赤ん坊を育てるために女性脳に装備された能力だから、「察すること」イコール「愛の証し」だと信じているのだ。「察してなんぼ」の女性脳にとって、「言ってくれれば、やったのに」というセリフは、察することを放棄した言葉であり、「僕はあなたに何の関心もない」「あなたを大切に思っていない」と同義なのである。
男性脳は大切なものに対して、習慣的に責務を果たすことを旨とする。
毎月給料を渡し、毎週決まった日にゴミを出し、毎日同じように帰宅する。これが男性脳が「妻を大切にしている」証しなのだ。察する機能がついていない男性脳に察しろと言うのはむずかしい。「言ってくれれば、やったのに」は本音であり、思いやりである。
しかし、このような場面で、言うべきなのは「気がつかなくてごめん。僕がやるべきだったね」だ。察したい気持ちを伝えるこのセリフは、ときには愛を伝える言葉にもなる。女性にとっての愛の証しと男性にとっての愛の証しが異なるから通じない。しかし、女性を大切にしていることを伝えるには、男性が女性に合わせる必要がある。譲歩することが愛情にもなる。
それにしても男性にとって、察することは意識的な訓練が必要だ。
でも、それは人間関係で必ず役に立つはず。

 なるほどと思わせられる。これを読みながら男性は、このような川柳を作るのです。「AIに 翻訳させたい 妻の機嫌」「この俺に 温かいのは 便座だけ」「諦める 妻のトリセツ 日々進化」
 教会は、世の中で闘うお父さんも応援しています。ヽ(´▽`)/

心のオアシス 2019年6月9日

 エン・グルデルはアメリカの心理学者です。口唇裂で生まれた彼女は、いつも劣等感に悩まされていました。今は簡単な手術で矯正できますが、エンが生まれた当時は、それは大変なことでした。エンはうつ病に悩まされ、いつも両親を恨みました。すると両親も友人もエンを避けるようになり、結局彼女は、世のすべての人が自分を嫌っていると考え、誰も自分のことは愛してくれないと思っていました。
 ある日、学校で聴覚の検査がありました。それは、教室の中に仕切りを設けて、仕切りの向こうにいる担任の先生が言う言葉をそのまま繰り返して、どれほど正確に聞けるかを調べるテストでした。たとえば、先生が「今日は天気がいいよ」と言って、それが聞こえたら、そのまま繰り返すのです。ところがエンの順番になると、先生は他の生徒たちに言った言葉とは全く違う言葉を言いました。「あなたが私の娘だったら良かったのに」この言葉に驚いたエンは、先生の言葉を繰り返す代わりに、「先生、本当ですか?」と尋ねました。エンが言った言葉の意味を見抜いた先生は、「そうよ。本当にあなたが私の娘だったら良かったのに」と言いました。そしてその言葉によって少女の人生が変えられたのです。
 世の中は、人の存在価値を見失わせるような価値基準や社会構造によって成り立っています。自分の存在価値を維持するために、必死になってノルマを達成し偏差値を上げる努力をします。基準に達すれば評価され、そうでなければ切り捨てられてしまう、そんな社会の中で、選ばれる人たちは、ほんのひと握りの人たちしかいないのです。人はみな苦しみもがきながら生きています。
 しかし、朗報です! 世の基準ではなく、天の基準で私たちを見つめ続けておられる方がいらっしゃいます。それはあなたに何ができる、できないかではなく、ただあなたという存在に対して「あなたがわたしの息子、わたしの娘だったら良かったのに」とおっしゃっておられるのです。神はあなたを無条件で愛しておられるからこそ、ひとり子キリストを地上に贈って罪の贖いをしてくださいました。信じた方がお得です。

心のオアシス 2019年6月2日

 旧約聖書には、戦争や争いが多く描かれています。しかしそれは人間の中にある恨みや憎しみ妬みなどのドロドロとしたものが、そういう形で表現されているといってもよいでしょう。日本は平和かもしれませんが、今も世界のどこかで戦いは続いています。天地万物を造られた神さまは、この地上に罪がはびこり、自己実現に生きる人間の世界を憂いて、一度洪水によって滅ぼされました。その時代はノアとその家族だけが方舟によって生かされました。もう水によって滅ぼすことはしないと約束された神さまの次なる計画は、民族を用いて地上のすべての人々を救いへと導くという方法でした。そのために言語をバラバラにされ、それによって民族が形成され、やがては国になっていきました。しかし時代と共に創造主なる神さまを忘れ、自分の思うままに生き始め、偶像に幼子を生贄として捧げるようなことが平気で行われるようになり、モラル観も乱れ始め、我々も想像できないようなカオスの世界へと移っていきました。そこで神さまは、アブラハムという一人の人物を選んで、神さまの道へ立ち返らせ、そこから生まれる人たちを一つの民とし国として、悪を滅ぼす計画を遂行されたのです。しかしながら、人間が考える争いや戦争には、本当の解決はありません。恨みが残ります。
 全世界を衝撃と恐怖に陥れたアメリカ同時多発テロの根底には、イスラエルとパレスチナの長い葛藤があります。しかし、アメリカはテロの根を抜き取るために、イラクのバグダッドに空爆を行いました。それはテロを罰し予防する名目での攻撃でしたが、その副作用として、爆撃によって家族を失い、家を破壊された人々の憎しみを引き出し、また別の自爆テロに志願する悪循環が起こりました。威圧的であるほど、被害者の心には恨みが積もります。それが次なる事件を生み出します。この世には一方的な戦争はありません。必ずそれなりの理由があるのです。
 どうすればいいのでしょうか? 唯一の方法は、人間関係で発生するあらゆる問題を、神さまのさばきと義に委ねるということです。そして祈りという特権を用いて、今すぐ敵を神さまに委ねるしかありません。

心のオアシス 2019年5月26日

 先々週と先週、連続して大学時代の友人や中学時代の同窓生たち、関東からの来客などがあった。大変懐かしく楽しいひと時を持つことができた。彼らとの会話で、私の知らないところで、みんなそれぞれが嬉しいことも辛いところも通ってこられたことを聞きながら、喜ぶ者と共に喜び、悲しむ者と共に悲しむ、そんな時間でした。違う文化や環境を過ごした様々な個性が共鳴しながら一致しているような再会の時でした。
 私は考えます。長い人類の歴史から見ると、また神さまの永遠の領域から見ると、私たちの人生の長さは、横に無限に伸ばしたテープにポールペンで縦線を引くほどの幅にしかならないということです。そんな細い時間の中で、人は楽しんだり悲しんだりを繰り返しながら生きているということなのでしょう。私たちの地上での生活なんてあっという間に過ぎてしまいます。この地上で面白おかしく生きることは悪いことではありません。でも、たとえ健康で人間関係にも経済的にも恵まれた人生であったとしても、もし永遠の世界に対する解決がなければ元も子もありません。地上での人生はあっという間に過ぎていきます。楽しいことも辛いことも長くても100年前後で終わってしまうのです。“永遠”は終わりなくずっと続く世界です。私たちの本質は“霊”です。神さまがこの地上で活動できるように“肉体”という地上服を着せてくださいました。肉体は永遠ではなく一時的なので、やがては脱ぎ去らなければなりません。肉体を脱ぐときが“死”と表現します。しかし永遠に生きる霊の行き場所のことを考えなければならないのです。聖書には、その行き場所は二箇所あり、その一つは、イエスさまと共に生きる永遠の生命(天国)か、もう一つは、悪魔と共に過ごす永遠の死(地獄)です。私たちにはこの二つに一つしか行く場所がないというのです。
 イエス・キリストは、この地上での問題解決の為だけではなく、永遠の問題の解決のために、神なるお方が肉体を着て地上に来られました。そして地獄行きの私たちの罪の代価を、十字架にかかって支払ってくださったことにより、信じるだけで天国へ行ける道を備えて下さいました。