心のオアシス

心のオアシス 2019年8月25日

 今から40年前に100億円を売る菓子屋になると宣言して、それをわずか10年足らずで達成された“銀座あけぼの”会長の植草三樹男さんの本を読んで感銘を受けました。このお方は大和カルバリーチャペルのメンバーで、とても気さくな楽しい方です。本のタイトルは「はじめに言葉があった」で、ヨハネ福音書1章の御言葉をモットーに会社を導いておられます。この本から二箇所抜粋して以下に紹介します。
 
 すべての創造主である神様のやることを、私たちはやらせていただいているのです。そういう姿勢で経営することが、結局は会社を永続的なものにしていくことにつながると思っています。たとえば、時代が変わって、今までの「やり方」が通用しなくなることもあるでしょう。でもそういう時こそ、自分の原点に立ち返れば、そこからまた「やり方」を導き出せるのです。この原点ともあり方ともいうべきものを自分自身がしっかりと持っていないと、目先の損得に走ってしまい、迷走することになります。私にとっての原点とは、つまり神様のやることをやらせていただくことなのです。

 以前、こんなことがありました。長い間ずっと業績のあがらない店舗が、ある時ぐんぐんと売上げを伸ばし始めたのです。それで何があったのかと店長に聞いてみると、「お客様に笑顔で挨拶をするよう心かけました」と言うのです。でも、それ自体はお客様商売として当然のことです。では何が違うかというと、店長はこう説明してくれました。「今までは、買ってくれたお客様に対して、笑顔でお礼や挨拶の言葉をかけていました。でも今は店の前を通り過ぎる人にも等しく笑顔で『こんにちは』『いらっしゃいませ』って挨拶を続けていたら、売上げが見違えるほど伸びたのです」これはとても大きな気づきです。ずっと結果が出なかった店舗を任されて、自分なりに苦しい時期もあったと思います。しかし、定年が見えてきた頃に、「自分から変わる」ことに気がついたのでしょう。それが「お店から変わる」という「やり方」になって表れたのです。今までやれていなかったことをやり続けた結果が、数字になって表れています。                

心のオアシス 2019年8月18日

 先日、ある親御さんとお話しをする機会がありました。その方は、自分の娘さんの普段の生活態度、受験や将来のことを心配し、このままだとニートになってしまうし、あの子ならなりかねない。本人に注意すると反発されると悩んでおられました。ところが数日前にリビングライフでデボーションをしていた時に、親である自分に問題があるのではないか?と気づきが与えられたそうです。しかし、次の一歩をどう踏み出せばいいのか分からなくて相談されました。私は、「悩んでいるのは、子どもが親の願いを実現できないからではないですか? ニートはダメという親の側の先入観や都合で考えていませんか? ニートになることを奨励するわけではありませんが、私なら、『たとえあなたが勉強しなくてもニートになったとしても、あなたのことは愛しているからね』と子どもに伝えると思います。教育も大切ですが、親が子どもにできることの中で一番しなければならないことは、愛育だと思います。イエスさまは、『空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。』と言われたではないですか。もし信仰があるならば神さまに委ねる方が断然楽になれますよ。」と話したところで、ハッと何かに気づかれ、荷が軽くなったとお話しされました。そして「今日から変わります。約束します。」に謙遜に応答され、その日の夜に早速、娘さんを抱きしめて話したとの報告をいただきました。決心の告白に聖霊さまが助けを与えてくださっていることを感じました。
 渡辺和子さんが「挫折のすすめ」という文章の中で、希望する小学校に不合格、専門学校も第二希望になり、献身するときも、強く希望していた修道院に入るためにフランス語も学び、母院に1ヶ月半も滞在するほどの思い入れようだったのですが、時が満ちいざ入会する段となった時、かわいがってくださっていた管区長の任期が来て、後任の面識のない管区長に見事に入会を断られたとのこと。挫折を何度も味わったのですが、長い目で見たとき、第二希望の道で有難かったと思えるようになり「神の思いは、人の思いにあらず」という聖書の言葉が、本当にそうだと思えるようになったそうです。神の価値観に変えると楽になれます。

心のオアシス 2019年8月4日

 「自分を振り返る鏡」というタイトルの話があります。
 ある町に不満ばかりを言っている人がいました。誰も彼の不満や愚痴から逃げることはできません。ある日、彼は道で旅人に出会いました。やはりその旅人も、彼につかまり不満を聞かされました。「この町の人たちほど醜い人を見たのは初めてですよ。町の人たちはみな、人を助けることに関心がなく、利己的です。何より悪いのは、互いに中傷するのをやめないんですよ。」実は、その話を聞いていた旅人は、神の使いでした。神の使いは聞きました「それは本当ですか?」男は答えます「私の言うことが信じられませんか? ほらほら、向こうから歩いてくるあの男を見てくださいよ。名前は知らないけど、顔はよく知っています。あの切れ長の目、唇には貪欲があふれ、背中を丸めて、ずる賢くペコペコしています。歩いているというより、こそこそと這っているようですね。」天使が言いました「あなたの洞察力は凄いですね。その通りです。大変頭のよい方です。しかし、あなたには一つ見えていないことがあります。あれは鏡で、あなたが見ているのは、あなた自身の姿なのですよ」
 人は他者を批判する時、批判しているその人自身の嫌な部分を指摘しているに過ぎないのです。他者を批判して指さす時、その指はどこをさしているでしょうか? 人差し指は批判の対象者ですが、親指は天(神)を指し、残り3本は、自分自身を指しています。
 聖書の基本メッセージは、「キリストを信じたら救われる」ということです。それは、私たちが自分では背負いきれない罪の重荷を、イエスさまが身代わりになって十字架で命をもって支払ってくださったから、その事実を信じ受け入れるだけで救われるというシステムなのです。ところが「信じるだけで救われるなら、行動は伴わなくていい」と言い始める人たちが出てきました。それに対してパウロは「断じてそうではない!」、ヤコブは「行ないのない信仰は死んだものです」と反論しました。
 エペソ書2章には、「救われたのは信仰による。わたしたちは神の作品であって、良い行ないをするように造られたのである」と書かれています。神さまが、すべて造られた人間を、良い行ないをするようにプログラミングした」というのです。この世界は、わたしたち本来のあるべき姿に戻れば、上手くいくようにできているのです。神の元に戻ろう!

心のオアシス 2019年7月28日

 アップル社の設立者であるスティーブ・ジョブズ氏は、世界でも一番ビジネスに成功したビジネスマンの一人であると言っても過言ではないでしょう。そして世界で最も金持ちになれた人でもあるでしょう。彼が2011年に膵臓癌で亡くなるまでの名言は数多く残されていますが、最後に残したと言われる言葉を紹介します。
 「私は、ビジネスの世界で、成功の頂点に君臨した。他の人の目には、私の人生は、成功の典型的な縮図に見えるだろう。しかし、仕事面をのぞくと、喜びが少ない人生だった。病気でベッドに寝ていると、人生が走馬灯のように思い出される。私がずっとプライドを持っていた有名になることや富は、迫る死を目の前にして色あせ、何も意味をなさなくなっている。生命維持装置のグリーンのライトが点滅するのを見つめ、機械的な音が耳に聞こえてくる。神の息を感じる。死がだんだんと近づいている。今やっと分かったことがある。人生とは富に関係のない他のことを追い求めたほうが良い。終わりを知らない富の追求は、人を歪ませてしまう。私のようにね。神は、誰もの心の中に、愛を感じさせるための感覚というものを与えてくださった。あなたの家族のために愛情を大切にしてください。あなたのパートナーのために。あなたの友人のために」・・・彼が様々な場所で講演する際、自分の知恵や経験値から、ビジネスで成功するための極意を数多く話していましたが、死の壁を前にして、結局彼が追い求めてきたものは、間違いだったと言ったのです。
 アップル社が業績を伸ばせた一因は、小売部門を牽引していたロン・ジョンソン氏がいたからだと言われています。彼は教会の日曜学校の教師でもありました。彼のモットーは、「隣人を自分のように愛しなさい」(マルコ12:31)という聖書の言葉だそうです。ジョブズ氏が癌の告知を受けた時、休暇中の彼にロン氏は、一つだけこうアドバイスしたそうです。「スティーブ、君ほど頭のいい人間は、永遠について時間をかけて考えるべきだ。永遠は存在するのか否か、永遠とはどういうものかということを。分かり切ったことだ、と思わないことだ」と。このメッセージをジョブズ氏がどのように受け止めたかはわかりませんが、影響を受けたことは間違いないでしょう。自分の知恵知識はこの世だけのものですが、神の知恵は永遠に関係するものです。神の知恵をいただきたいですね。

心のオアシス 2019年7月21日

 私が尊敬している牧師の中に、故ハ・ヨンジョ先生がいる。韓国だけではなく、日本のキリスト教会でも幅広く受け入れられ、その功績は素晴らしい証となって残されています。「日本人を許さなかった韓国人の罪を許してください。」と日本中で謝罪され、この言葉に多くの日本のクリスチャンは感動したことでしょう。先生は、私が今お世話になっている衛星放送CGNTVを開局され、ツラノ書院を立ち上げ、数々の大きな働きをしてこられました。しかしながら、典型的な韓国人の持っている表向きの激しさはなく、元気でバリバリ仕事をこなすような方ではありませんでした。先生は若い日に病にかかり、8回の肝臓ガン手術と、週3回の腎臓透析を受けてこられました。生涯「総合病院」という別名を持って生きておられましたが、病のために精神的に弱くなった姿を周りの牧師や信徒たちに見せることはありませんでした。先生は病のために身体は弱っておられましたが、それによって謙遜を学び、病を通して神さまが働かれることを見たとご自身が証ししておられます。
 創世記に出てくるヤコブの11番目の息子ヨセフは、高慢で配慮することを知らなかった故に、上の兄弟たちから憎まれ、エジプトへ奴隷として売り飛ばされ、主人の奥さんに言いがかりをつけられ犯罪者として獄屋へ送られました。しかし、彼はそこで謙遜にさせられました。自分の人生は自分が切り開いているのではなく、主の手の中にあって、導かれているということを悟った彼は、エジプト王の夢の解き明かしをすることによって獄屋から出され、エジプトの大臣に昇進しても、兄弟たちを許し、兄弟たちが行なった悪さえも用いて、神は、後に起こるイスラエルを飢饉から救うために先に自分をエジプトへ送り込まれたのだと、発言するまでになりました。もし、ヨセフに「神の手の中にある」という信仰がなければ、このような発想は生まれなかったでしょうし、すぐに兄弟たちに仕返しをしていたことでしょう。信仰が人の中に入ると、マイナス的な出来事の受けとめ方が変わってくるものです。
 しかしながらポジティブ思考は信仰ではありません。信仰は、信仰の対象から与えられるものだからです。ポジティブ思考は自ら出すことができますが、信仰は神さまによってのみ生じることができます。是非、創造主なる神さまを求めてみてください。良きことが起こるでしょう。